Joanna Kawecki
コンテンポラリーデザインってどんなデザインなの?と、疑問に思われる方は意外と多いのではないだろうか。we+では、デザインの価値を拡張し、新しい潮流を生み出すデザインのことをそう呼んでいる。ただ、実のところ明確な定義はなくて、Design Miamiが開拓したアートのようにコレクト(兎集)されるデザインや、リサーチに基づく実験的なデザインが、一般的にコンテンポラリーデザインと言われているようだ。いま世界は、新型コロナの影響もあり、大きな転換点を迎えている。だからこそ、デザイン業界のプロフェッショナルとの対談を通して、コンテンポラリーデザインの向かうべき先を探りたい。記念すべき第1回目のゲストはJoanna Kawecki。ALA CHAMPというグローバルデザインマガジンを主宰するデザインジャーナリストだ。
- ジョアンナ・カウェッキ
デザインと建築を専門とするライター兼エディター。ポーランド人の両親のもと、オーストラリアで生まれる。2013年から東京在住。2009年にAla Champ Magazineを共同設立。国際的なコンサルティングおよび特別なプロジェクトのためのスタジオChamp Creativeを率いるほか、Surface Magazine、Indesignlive、Habituslivingなどグローバルな印刷&オンラインメディアに定期的に寄稿。好奇心の赴くままに、デザインの革新に興味を持ち、職人技と伝統の起源を探求している。
Joannaから見た日本のコンテンポラリーデザイン
まず、あなたが主宰するALA CHAMPについて簡単にご紹介いただけますか?
昔から雑誌や本を集めるのが好きで、出版に興味があったんです。私はロンドンやパリ、ベルリンなど、さまざまな都市を拠点にしてきましたが、例えば、ロンドンのi-D magazineのように、都市ごとに、その土地や国にフォーカスした媒体がありました。でも世界をつなぐ雑誌はなかったんです。そこで、国境を超えたグローバルスケールの媒体をつくりたいと思い、デザイン、ファッション、アート、コンテンポラリーカルチャーを紹介するグローバルマガジンALA CHAMPを2009年からはじめました。
現在は東京を拠点に活動されていますが、それはなぜですか?
私がオーストラリアに住んでいた頃、のちにALA CHAMPを共に立ち上げる双子の妹Moniqueがロンドンに住んでいて、東京がちょうど中間地点だったのでよく東京で会っていたんです。そのうち東京にも友人ができ、コミュニティができ、もっとこの街を見てみたいと思うようになって。最初は少しだけ滞在する予定でしたが、かれこれ6〜7年になります。こんなに長い間、東京で建築やデザインを探求するとは思っていませんでした。
東京や日本には、あなたを惹きつける何かがあるんでしょうね。ALA CHAMPは、2012年から Design Miami のメディアパートナーを務めています。コンテンポラリーデザインのメインストリームをずっと見てきたあなたにとって、コンテンポラリーデザインとは何でしょうか?
時代を反映したものだと思います。“The design of era”あるいは“The design of period”とも言えるかもしれません。トレンドやムーブメント、美学、概念、さらには時代のイノベーションやテクノロジーも映し出すものではないでしょうか。コンテンポラリーデザインは、プロダクト、家具、ビジュアル&グラフィック、空間など多くの分野に応用できますし、今と未来をより良くするという思考の体現でもあります。 デザイナーにとって、創造性とイノベーションのリミットを押し広げていくことは重要な役割ですし。
そういう視点で考えたとき、今注目のデザイナーは誰ですか?
日本人だと、吉岡徳仁さんは優れたコンテンポラリーデザイナーだと思います。自然とデザインの探求から生まれる彼の作品群は、多彩でありながら一貫した特徴を備えており、コレクト(蒐集)したいと思わせます。TAKT PROJECTのコンセプチュアルな考え方も好きですね。SOMEWHERE TOKYOで初めて出会った原嶋亮輔さんの作品もすばらしい。真鍮の金具のようなモダンな素材と、漆器や竹籠などアンティークを組み合わせ、まったく新しい文脈とデザインを生み出しています。一方、海外勢でまず思いつくのは、Sabine Marcelisでしょうか。彼女は、洗練された独特のデザインスタイルを持ち、ロッテルダムを拠点に数多くのコラボレーターと仕事をしています。以前は存在しなかった新しい技術を生み出すべく、ともに働くさまざまな職人たちを鼓舞する姿勢は、デザイン業界の発展にとって大切なことではないでしょうか。彼女の作品は、建築設計事務所OMAが手がける空間など、他の文脈にも応用されています。もちろん、we+の動きと現象に導かれるアプローチも大好きです。作品はいつも、素材の革新から生まれていますね。非常に多層的で、視覚的な魅力にも溢れ、今を表すとともに、未来の感覚も反映していると思います。
we+も!ありがとうございます(笑)。探究心と、そこから紡がれる新しい文脈の提案が大切なポイントのように思います。海外ではメジャーな印象のコンテンポラリーデザインですが、日本のシーンはどう思いますか?
そもそもコレクターやバイヤーの数が少ないので、日本のコンテンポラリーデザインマーケットについて話をするのは少々難しいですね。日本人は購買習慣が欧米とは異なります。ライフスタイルやデザインへの認識が違いますし、暮らしに寄り添った日常使いできる作品が好まれ、コレクションのためだけに作品が買われることは少ないと思います。工芸という文脈もありますし、日本のデザイナーは、アートピースのようなスーパーコレクティブルな作品ではなくて、多くの人が理解でき、アクセスしやすいデザインを生み出せばいいのではないでしょうか。日本のデザイナーがすべきことは、世界のマーケットとは違ったレイヤーを生み出すことかもしれません。
日本の家はスペースも限られるので、逆に独特の視点を生み出させるのかもしれません。
私たちもお世話になっている、センプレデザインの田村会長とジョースズキさんが「Gallery Tamura Joe」というテンポラリーなデザインギャラリーを立ち上げられてはいますが、日本にはデザインギャラリーが少ないことも、コンテンポラリーデザインが市民権を得ていない理由の一つかもしれません。
そうですね。アートのように、コレクターと交渉ができるギャラリストやエージェントがコンテンポラリーデザインにも必要です。例えばCarpenters Workshop Galleryは、ロンドンやパリに拠点があり、所属デザイナーとコレクターをつないで価格交渉もします。日本にも足を運べるデザインギャラリーがもっとできると、コレクト(蒐集)できるデザインが身近になるのでいいですよね。
Design Miamiに感じる、コンテンポラリーデザインマーケットの潮流
昨年の12月にマイアミで開催されたDesign Miamiに行かれたとのことですが、何が良かったですか?何かいい経験はできました?
私が興味深かったのは、日本の陶芸作家の作品が、Art BaselとDesign Miami、両方で展示されていたことです。アートとデザイン、両方の文脈で取り扱われる陶芸は、独特だなと思いました。
それは面白いですね。Design Miamiを通して何か新しい作品のアイデアを思いつきました?
行ったのは初めてだったのですが、コンテンポラリーデザインのマーケットを直接肌で感じられたことは非常に有意義でした。私たちが出展する際にも、ちゃんと暮らしに溶け込むもの、オフィスや自宅、パブリックスペースにずっと置いていただけるものをつくらないといけないと思いました。先ほどJoannaさんが言われたように、デザインは社会を反映するものなので、その視点も明確にプレゼンテーションしなくてはなりません。
Design Miamiは、世界のコレクティブルデザイン市場の価値を測る上で、とても興味深い場所だと感じています。Art Baselの会場に比べると、Design Miamiはとても小さい。Design Miamiはコレクティブルデザインを、Art Baselはコレクティブルアートを扱っているわけですが、会場のサイズは、コレクターの予算や作品の投資対象としての価値を表しているようです。もちろん、アートの方がデザインよりもコレクション性が高いことは明白ですが、振り返ってみると、倉俣史朗やJean Prouve、BraunのDieter Ramsの作品のように、デザインの価値が新たな脚光を浴びることはよくあることです。だから、Art Baselのように、Design Miamiにもより多くのパトロンやスポンサーがついて、さらに多くのお金を投資できるようになれば、デザインの多様性やグローバルなコミュニティが生まれ、さらにあの場所は活性化するのではないかと感じます。その点、Milan Design Weekでは、街中でさまざまなイベントが開催され、デザインのあらゆる側面に光が当たります。まさにデザインの祭典のように感じられて魅力的です。
なるほど。ただ、多くのコレクターが実際に現地で作品を買っていました。私たちが出展する場合も、作品が売れたりコレクターやギャラリストとのつながりが生まれたりするのであれば、会場費やその他の費用がかかったとしても、意義はあるのではないかと思います。
それはいいですね。個人的なコレクションなのか、投資目的の購入なのか。コレクターのタイプや購入理由はとても気になりますし、分析することも興味深いです。
これからの日本のデザイナーに求められること
例えば、we+でデイリーユースのデザインに取り組もうと考えたことはありますか?
私たちのスタイルは、他のデザイナーとちょっと違うと思います。もともとプロダクトや家具が専門領域ではなかったこともあり、いつも試みているのは、デザインの新しい視座・視点を見つけることなんです。それが私たちの役割だと思っていて、椅子をつくり方から考えたり、リサーチを重ねて、新しい素材を開発したりしています。昨年のMilan Design Weekで発表したグランドセイコーのインスタレーションでは、光る流体を開発しました。リサーチャーと近しい側面があるのかもしれません。
例えば、Spiber inc.はタンパク質素材の実用化を目指す研究開発を土台とした会社ですが、彼らは国や自治体から多くのサポートを得ています。we+もまた、研究開発やリサーチを大切にするデザインスタジオですが、その費用はどのように賄っているのですか?
自主制作作品のための日々の研究開発やリサーチの費用は、クライアントワークで得た利益から捻出しています。ただ最近は、企業のR&D型のプロジェクトでお声がけをいただく機会も増えました。新たなコンセプトのプロダクトやサービスを考え、リサーチやプロトタイプの開発を一緒に行うのですが、私たちの日々のリサーチから得られる知見や、コンテンポラリーデザインの視点が生かされるケースが多いです。
そう考えると、デザイン産業を取り巻くボキャブラリーにも変化が必要ですね。クリエイティブは複合領域的になっていますし、デザイナーにも新たな言語が必要でしょう。建築に、昔から彫刻的な役割以上のことが求められてきたように、日本のデザインも変わっていかなくてはいけませんね。
はい、まさに今こそ変革のタイミングだと感じます。日本のデザイナーの役割は年々広がっていると思いますし、クライアントがデザイナーに求める内容も大きく変わりつつあります。デザイナーは、ものの意匠性や製法はもちろん、私たちの生活や環境、生態系、歴史、経済など広範囲に社会を理解し、実践していかなくてはなりません。
そうですね、多くの企業がデザイナーからのインプットに価値を認めるのは当たり前のことだと思います。そういえば、以前we+の新スタジオお披露目の時に出会ったデザイナーで、東京オリンピックのメダルケースをデザインした方がいましたよね?
吉田真也さんですね。
そうそう、すばらしいですよね。オリンピックの組織委員会のような大きな組織こそ、一人ひとりのデザイナーが生み出す大きなパワーを理解する必要があるし、雑誌などの媒体も、デザイナーの重要性をしっかりと伝えるべきです。日本にはすばらしいデザイン&建築系の雑誌がありますが、作品は取り上げるものの、それをつくった人物にはあまり光を当てていないように思うんです。生い立ちや経歴、影響を与えたことといった、作者のストーリーこそもっと語られるべきではないでしょうか。さらに、日本語と英語の両方で日本のデザインを紹介するメディアがもっとあれば、世界の人々に日本のデザインシーンが伝わって、日本のデザイン産業も変わっていくかもしれませんね。
世界に日本のデザインをもっと伝えるという意味では、海外で活躍する日本のデザイナーがもっと増えるといいなとも思います。
そうですね。日本の場合、ファッションも、アートも、デザインも、流行は海外からやってくる傾向があります。例えば、海外のマーケットがTAKT PROJECTに興味を持って、日本でも彼らの人気に火がついたように。グローバル化が進む中、英語でのコミュニケーションは非常に重要で、英語が話せれば、自分の作品を世界のマーケットに向けて発信することができるし、デザインスタジオにとっては大きなアドバンテージになります。日本のデザイナーが成長していくには大きな強みになると思います。
そういう意味では、例えばMilan Design Weekで作品を発表することは、デザイナーが世界と簡単につながれる方法の一つですね。日本は小さな島国ですが、自国で産業が成り立っているゆえ、海外に出ていかなければ!という危機感が薄かったのかもしれません。韓国、台湾、シンガポール…、彼らは自国の産業が小さく、海外に出ていかざるを得ないわけですが、結果、世界で戦えるデザイナーも輩出しています。
グローバルにつながっていくことも大切だけれど、東京でデザインウィークが開催されることも同様に大切なことかもしれません。日本は、すばらしいデザイナーや職人の宝庫だから、彼らをもっと世界に向けて発信するためにも、プロジェクトを推進できるプロデューサーやキュレーターには期待したい。デザイン産業の発展は、デザインやファッションの価値を伝えられる個人の力に大きく依存しています。グローバルなデザインウィークの人気を見ても、強い産業をつくるベースには、ディレクターや経営者のグローバルなコミュニティや、スワロフスキーのようなスポンサーとの良好な関係性があります。その価値を見出し、業界を前進させるのは常に個人です。日本で言えば、私も大好きなELLE DECORの木田さんのような、デザイナーをつなぎ、サポートしてくれる存在が本当に必要ですね。
その通りです。しかし日本は、デザイナーに比べると、デザインジャーナリストやキュレーター、プロデューサーの数が少ない印象を受けます。特に僕たちの世代はそうかもしれません。
確かにファッション業界を見ても、Tim BlanksやSuzy Menkesのような力を持ったジャーナリストがいません。日本では、何かを強く主張することが一般的ではないからでしょうか?
批評文化が成熟しきっていないことも一因かも。
教育の問題もあるかもしれません。これからは、現代のアート・デザインの潮流を踏まえた教育も加えるべきではと感じます。
新型コロナウイルスと共存する世界で
ポストコロナの社会において、デザイナーはどうあるべきだと思いますか?
テクノロジーや製造方法はますます進化すると思いますが、何より人々のニーズも変化するのではないでしょうか。結果、それに紐づくデザイナーのアウトプットもシフトすると思います。例えば、より機能的なものが求められるなど。ファッションも、デザインも、すべての産業は過剰生産・過剰消費の状態でしたが、コロナ禍は、何が本当に必要かを改めて考えるきっかけを与えてくれたように思いますし、生活はよりミニマルになりそうです。多くのデザイナーが、真のライフスタイルとは何かを考えるのではないでしょうか。また、人々の移動が制限されたことで大気汚染が減って、空気が綺麗になった場所がたくさんあります。インドではヒマラヤ山脈が見えるようになったそう。しかし、大量のマスクやプラスチック製のフェイスシールドのゴミによって、数ヶ月後にはまた海洋汚染が見られるようになると思います。コロナウイルスのワクチン開発が急務であるように、プラスチックにとって代わる素材の開発も急務であるはずです。私たちの環境と暮らしは、それに依存しているのですから。
最後に読者のみなさんにメッセージをお願いします。
日本は長年、優れたデザインで世界的な評価を得てきました。若手デザイナーのポテンシャルも非常に高いと思います。だからこそ、どんどん世界に出ていくべきですし、そうすることで、日本のデザイン業界も発展すると思います。