Carpenters Workshop Gallery

2022.3.15

第6回目のゲストは、ロンドン、ニューヨーク、パリ、サンフランシスコにギャラリーを構え、世界のコンテンポラリーデザインシーンを牽引するカーペンターズ・ワークショップ・ギャラリー(以下CWG)のロイック・ル・ギャヤール(Loïc Le Gaillard)。2006年に友人のジュリアン・ロンブライユ(Julien Lombrail)とともにギャラリーを立ち上げ、マーティン・バースやカンパーナ兄弟をはじめとした、国際的に活躍する新進気鋭のアーティストやデザイナーの作品を制作・展示している。今でこそ活況を呈しつつあるコンテンポラリーデザインの市場を、黎明期から盛り上げてきた中心的な存在だ。

カーペンターズ・ワークショップ・ギャラリー

友人であるジュリアン・ロンブライユとロイック・ル・ギャヤールによって運営されるコンテンポラリー・コレクティブル・デザインのリーディング・ギャラリー。2006年にロンドンのチェルシーにある元大工の作業場にスペースを開設したことを皮切りに、現在はロンドン、パリ、ニューヨークなど世界で4つのギャラリーを運営している。2015年には、精鋭の職人たちを集め、芸術研究に特化したユニークなスペースとして、ロワシーに8,000平方メートルの「The Workshop」をオープンさせた。

大切なのは感情を揺さぶる物語

CWGが、ロンドンのチェルシーにある古い大工の作業場に最初のギャラリースペースを設けたのは2006年のこと。当初は絵画を販売していたものの、すぐにその市場が飽和していることに気づき、椅子やテーブルといった機能的な“モノ”に可能性を見出したそうですが、ギャラリーを始めた経緯や、そのコンセプトについてもう少し詳しく教えていただけますか。

ロイック

私たちが、大家族のようにアートを心から愛していたことがすべての始まりです。絵画や彫刻を見たときに、アーティストが伝えようとしている感情を理解できるように、デザインされた機能的な“モノ”だからといって、エモーショナルで芸術的な探求を忘れるべきではないと感じていました。感情を揺さぶる物語を包含する作品にこそ、注目すべきだと思ったのです。デザインや機能に興味がないわけではありませんが、最も関心があるのは“モノ”そのものが持つ独自の道程や感情、そしてDNAです。可能性とDNAからストーリーが生まれるというのは、CWGにとってすばらしいことなんです。子どもたちには寝る前に物語を聞かせますが、大人だって物語を聞くのが好きなんです。モノが飽和する現在、誰も新しい椅子やランプ、コーヒーテーブルを必要とはしていませんが、もしそこに物語があれば、人はそれを聞きたくなるものです。ストーリーがなければ、良いデザインはできません。

椅子が彫刻になる

扱われている作品からも、それは強く感じます。ギャラリーを始めた頃と今では、環境にも変化があったのでしょうか。

ロイック

そうですね、大きな変化がありました。私たちが15年前にギャラリーを始めた頃は、素材の軽さや効率性、精密さといった、モノの機能に焦点を当てる純粋なデザインギャラリーしか存在していませんでした。そこで私たちは、それとは違ったアプローチを、つまりアーティストには、より不完全で美しいものを求めるアプローチを取りました。日本の文化にも、はかなさや不完全さを求める言葉がありますが、似たようなものだと感じています。デザインされた“モノ”を彫刻のように見てもらえるよう、15年という月日を通して人々の考え方を変えてきたんです。機能的で座れるけれど、彫刻でもある。“モノ”そのものが持つポテンシャルとDNAを、今では多くの人々が理解するようになったと感じています。私たちが生み出す作品にはかなさを感じ、それらをアートと捉える人が増えたのです。金銭的にも概念的にも、アートには限界がありません。椅子をただの椅子としてみると、もちろん限界があるでしょう。しかし、知的な観点に立脚し、「その椅子は彫刻である」と言えばそれは彫刻になるのです。マルセル・デュシャンが便器を定義し直したように。私たちは椅子やランプを見ているのではなく、見たいと思っているものを見ているのです。

ヨーロッパとアメリカの顧客の違い

安藤

CWGは、2012年にニューヨークにもギャラリーをオープンさせ、今では40%のビジネスはアメリカで行われているとのことですが、ヨーロッパとアメリカの顧客は違いますか。

ロイック

面白いことに、大きな違いがあるんです。ヨーロッパの人々は、知的なアプローチでアートを見ます。アーティストや素材について知りたいし、美術史の中で作品を位置づけたいと考えます。彼らは理解したいのです。ですから、購入に至るまですごく時間がかかります。一方、アメリカ人にとって大切なのは「作品が好きか?」「買える余裕があるか?」「置ける部屋があるか?」の3つだけ。「いいね、気に入った。買えるよね?買っちゃおう!」といった感じで、ヨーロッパ人に比べとても感情的な考え方をします。ヨーロッパ人は頭で考え、アメリカ人は心で考えるのだと思います。アメリカ人の家は大きく、裕福なので大きな作品を好みますし、彼らは自分たちが無知であることを恐れません。しかし、ヨーロッパ人は無知であることを恐れ、これは正しい買い物なのか、良い投資なのか、といったことをいつも気にしています。

安藤

以前インタビューをしたデザイン・マイアミのキュレーション・ディレクター、アリック・チェンも似たようなことを言っていました。12月にマイアミで開催される展示会では、感情的にことが運ぶけれど、6月のバーゼルでは洗練されたより知的なやりとりがあると。

日本のデザインに期待すること

日本のデザインについてもお伺いしたいです。日本では、コンテンポラリーデザインやコレクティブルデザインの市場はそこまで大きくはありませんが、日本や東アジアのデザインについてどう思われますか?

ロイック

ご存知かどうかは分かりませんが、日本のnendoとはいくつかのプロジェクトを行なっています。

はい、もちろん知っていますよ。

ロイック

私は日本の文化が大好きです。日本への旅はいつもすばらしい。アジアの中で最も古い文化の一つであることや、日本人が非常に教育熱心であることなど、すべてが気に入っています。明日行ってもいいならすぐにでも行きたいくらいです。ただ、デザインに関して一つ興味深かったことがあって、以前、日本の若手デザイナーと話をしたんですが、彼らは芸術性とは対照的に、機能や効率を追求するデザインに重点を置いていました。私は物語を聞きたかったのですが、彼らにとって大切なのは、物語よりもモノの完成度でした。そういった作品は、残念ながら私たちの美的感覚にはフィットしません。しかし、nendoは違います。nendoは、彫刻家としての視点を持ち、不完全であることの重要性を理解しています。実際のところ、私たちはもっと日本やアジアの新たな才能を見つけたいと思っています。まだ十分にデザイナーを扱えていませんし、日本の文化にはとても魅了されていますから。あなた方とも是非プロジェクトをご一緒したいですね。

新たな才能が、ビジネスを押し広げる

安藤

是非!ところで、新たな才能はどのように見つけるのですか。

ロイック

私たちはいつも新たな才能を探しています。毎週たくさんの作品画像が送られてきますが、私はすべてに目を通しています。時間をかけて見て、気に入らない場合でもちゃんと返信します。大学の卒業制作展も見に行きますよ。新たな才能の発掘は、作品を売ることと同じくらい重要です。個人的にも、才能の発見は魅力的なことだと感じています。新しい血がビジネスをドライブさせますし、多くの喜びをもたらしてくれますから。

ますます拡大するコンテンポラリーデザインの市場

パンデミックで私たちの考え方はすっかり変わってしまいましたが、コンテンポラリーデザインのシーンは今後どう変化していくと思いますか?

ロイック

コンテンポラリーデザインは、驚くほど加速度的に認知され始めています。私が当初からビジネスプランとして描いていたように、今やコンテンポラリーデザインは、アートと同様に重要なものとして認識され、芸術的に優れているだけではなく、信じられないほど価値のある投資にもなり得ることを人々は理解し始めているのです。10年前は、デザインは消耗品とみなされていて、デザイン作品を買ってもその価値はゼロでしたが、今では多くの人々がデザインを投資とみなしています。世界のデザイン界の主要な50人を挙げようと思ってもなかなか難しいですが、絵画であれば、300人以上の名前を挙げることはできますよね。加速度的に拡大している市場では、40〜50人のデザイナーでは供給が不十分で、そのために作品価格は上昇し、人々はデザインを投資の方法として見るようになるのではないでしょうか。デザインへの投資は、投資の多様化という点ですばらしいことですが、今であれば、最高のデザインをコンテンポラリーアートの何分の一の価格で買うことだってできます。ですから今後10年のうちに、デザイン作品の値段を吊り上げるような市場の是正が行われるのではないでしょうか。コンテンポラリーアートの価格上昇にも限界が訪れるでしょうし、非常に強力な調整が必要になってくるでしょう。金融市場は才能に集中し、需要は年々高くなるのではないでしょうか。

とても勉強になります。一方、アジアでコンテンポラリーデザインが活況になる可能性はあると思いますか?

ロイック

それは可能性というよりも、資金調達の問題だと思います。黒人アーティストやアジア人アーティストがもっと必要だという話はよく聞きますが、私はそのようには考えません。人種に関係なく、作品が良いか、良くないかだけではないでしょうか。私はただ、あなたが手にしているもの、伝えたいストーリーに興味があるんです。

安藤

ありがとうございます。最後に読者の皆さんにメッセージをお願いします。

ロイック

いつか日本で、コレクティブルなデザインの展覧会をキュレーションしてみたいですね。日本で皆さんとご一緒できればこんなにうれしいことはありません。

Rossana Olrandi

2022.3.8