Aric Chen

2021.6.5
Photo: Mark Cocksedge

第3回目のゲストはデザイン・マイアミのキュレーションディレクター、アリック・チェン(Aric Chen)。前職では香港のミュージアムM+でデザイン・建築分野のキュレーターを務め、現在はデザイン・マイアミの他、さまざまな展覧会のキュレーションも行なっている。we+の2人がアリックと出会ったのは2019年のデザイン・マイアミ。エル・デコのブランドディレクター木田隆子さんのご紹介だった。そのご縁がきっかけとなり2020年のデザイン・マイアミ・バーゼルへの出展も決まっていたが、新型コロナの影響で展示は中止に。現在はオンラインショップで作品を販売してもらいながら、リアルな展示会に向けて準備を進めている。そんな背景もあり、今回は木田さんも交えてオンライントークを行なった。(インタビューは2020年10月に実施)

アリック・チェン

デザイン・マイアミのキュレーションディレクター。上海在住。Tongji University(同济大学)デザイン・イノベーション学部の教授であり、Curatorial Labのディレクターも務める。前職では香港のミュージアムM+でデザイン・建築分野の創設主任キュレーターを務め、同ミュージアムのデザイン・建築コレクションの形成を監督した。

デザイン・マイアミのキーパーソン

木田

今日はお時間をいただいてありがとう。2019年のデザイン・マイアミでお会いして以来ですね。上海の状況はいかがですか?

アリック

幸いなことに、状況はとても良いですよ。

木田

いいですね!先日あなたのインスタグラムを見ていて、ルイ・ヴィトンのファッションショーにたくさん人が集まっているのに、誰もマスクをしていないことには驚きました。

アリック

こちらでは、みんながマスクをするのは、地下鉄など混み合った場所だけですね。2〜3月以来、幸いにも、上海での局所的なウイルス感染はないんです。東京はどうですか?

安藤

そこまで深刻な状況ではないです。みんな先のことを心配しながら、前を向こうとはしています。では、そろそろインタビューをはじめましょうか。まず、簡単な自己紹介をお願いします。

アリック

建築と人類学、デザイン史を大学で学び、卒業後は主にデザイン・建築・アート・ファッションといった分野のライター、ジャーナリスト、キュレーターとして働いていました。はじめはニューヨークを拠点にしていましたが、12年前に中国に移り、2011〜2012年には北京デザインウィークの立ち上げにクリエイティブ・ディレクターとして携わりました。その後、香港にてM+のキュレーターとなり、現在はデザイン・マイアミのキュレーションディレクターをしています。今は上海を拠点に、Tongji University(同济大学)で教鞭を取るほか、同大学のCuratorial Labのディレクターも務めています。

Design Miami in December 2019

あなたはM+のキュレーターとして、アジアのデザインを中心に歴史化し、蒐集し、キュレーションされてきましたが、現在はデザイン・マイアミのキュレーションディレクターとしてどんなことにフォーカスされていますか?2つの組織に違いはありますか?

アリック

M+は公共のミュージアムです。新しくできたばかりなので、強い教育的使命を持ちながら、建物や来場者、そしてもちろん研究や学問、学術的な論議に基づいたコレクションの構築に力を入れてきました。一方、デザイン・マイアミは、デザイナーやギャラリー、デザインマーケットのエコシステムを支援するための商業的なプラットフォームです。より広範囲なデザイン議論に貢献するような多岐に渡る役割も果たしており、マーケットとの交錯は興味深いものだと感じています。今月末からはじまるデザイン・マイアミでは、“America(s)”をテーマにした展覧会を企画していて、出展ギャラリーやインディペンデントなスタジオから集められた作品を使いながら、デザインや工芸、装飾芸術を通して、アメリカとは何か、それが異なる人々にとって何を意味するのかを探りたいと思っています。それは、アメリカのデザインとその歴史について語る方法を私たちに再考させるとともに、アメリカとは何を意味するのかを世界が再考するような、包括的な物語を提唱します。

M+ construction site
Courtesy of M+, Hong Kong

アリック・チェンのデザイン論

比較によってデザイン・マイアミの特徴がよく分かります。世界のさまざまなデザインシーンを見てきたあなたにとって、コンテンポラリー・デザインの定義とは何でしょうか?

アリック

この質問を100人に聞いたら100通りの答えが返ってきそうですね。しかし、非常にオープンで多様性に富んでいるという事実は、まさしく私がデザインを好きな理由でもあります。私の答えは抽象的に思えるかもしれませんが、デザインとは、オブジェクト・空間・インターフェイス・アイデア・システム・思索など、どのようなかたちであれ我々がお互いや地球、あるいは地球を共有する他の存在たちと、どのように相互作用しているのかを明確化するものだと思います。それは価値観であり、世界を理解し構築する方法でもあるのです。挑発的かつちょっと言い過ぎかもしれませんが、そういう意味で、私にとってアートもまたデザインに属するものです。多くの人はそうは見ていないでしょうけれど。

安藤

なるほど。さらに深掘りしてみたいのですが、デザイン・マイアミに見られるコレクティブル・デザインが、社会や歴史に果たす役割とは何でしょうか?

アリック

デザイン・マイアミにおいて展示されるデザインを表現するには、コレクティブルという言葉は完璧ではありません。10年前には、デザインアートと呼ばれていたこともあります。コレクティブル・デザインはもちろんオブジェクトをベースにしたものですが、昨年6月にデザイン・マイアミ・バーゼルで開催された”Elements: Earth展”では、そこに、より思索的な手法を取り入れることを試みました。たとえそれ自体がオブジェクトだとしても、デザインをコレクティブルなものにしているのは、その歴史的意義やデザイン史の大きな軌跡の中での位置付け、あるいは素材やつくり方、コンセプトの境界を押し広げるコンテンポラリーな作品、それらを通してオブジェクトが表していることかもしれません。

Design Miami/Basel in June 2019

そうですね。私たちもコンテンポラリーデザインを通して、境界を押し広げたいと思っています。デザインは昔から、家具・インテリア・建築・ファッションと、カテゴライズされがちでもありますし。

アリック

日本や中国、韓国などで面白いのは、デザインやアートなどを体系的に分類して、明確に箱に入れようとするこだわりがよく見られることです。この背景には、官僚制度の影響もいくらかあります。しかし、歴史のほとんどの期間、東アジアの文化圏では美術と装飾芸術の区別は何もなかったのです。

安藤

例えば茶道家がそうですよね。15-16世紀に確立された茶の湯では、彼らが、茶室も、お椀をはじめとした道具も、さらには作法までもデザインし、そこに境界はありませんでした。

アリック

そうですね。そのようなカテゴライズは、日本だと明治時代、中国でも同様の時期に近代化プロセスの一環として入ってきました。しかし今、西洋の実践者たちは、昔の日本や中国のように境界を曖昧にしようとしています。一方、日本や中国のシステムは、西洋から取り入れた考え方に囚われているようで、それはとても興味深いサイクルだと思います。

安藤

ところで、あなたが今注目しているコンテンポラリーデザイナーは誰ですか?

アリック

それはもちろん、現在展示会で一緒に仕事をしている、あるいはこれから一緒に仕事をするデザイナーです。好きなデザイナーはたくさんいて、驚くほど美しい現象を使った没入型のインスタレーションを手がけるデザイナーや、サプライチェーンや人新世に関するスペキュラティブなリサーチをしているデザイナー、すばらしいティーポットをつくるデザイナーなど、どんな種類のデザインについて、どんな文脈で話しているのかによって答えは変わってきますね。

Design Miami/Basel in June 2019
安藤

若手デザイナーはどのように探したり、出会ったりするのですか?

アリック

デザイン・マイアミでは、常に若手デザイナーを探していますが、基本的にはノミネートに頼っています。長い間The Designer of the Future Awardを開催していましたし、新しい才能に出会うために、各種デザインウィークや展示会に足を運んでいました。また、私たちはギャラリーと仕事をしますが、彼らも常にアンテナを張っているので、彼らを通じて才能と出会えるのは非常に幸運なことです。日本にはすばらしいデザイナーがたくさんいるのに、日本からの参加者はまだ少ないですね。デザイン・マイアミに関して言えば、日本とのつながりの中で欠けている重要なリンクはギャラリーかもしれません。例えば中国の場合、Gallery Allというデザインギャラリーが我々のパートナーとしてとてもアクティブに動いていて、世界が中国人デザイナーを知る良いきっかけを与えてくれています。日本のギャラリーのみなさんがこの記事を読んでくださるとうれしいです。

木田

そこはプッシュしたいですね。日本のデザインギャラリーといえば、例えばGALLERY SIGNでしょうか。ジャン・プルーヴェやシャルロット・ペリアンのヴィンテージ家具や、50〜70年代あたりのジャパニーズモダンデザインを扱っています。

アリック

私もM+にいた頃、彼らとたくさん仕事をしました。剣持勇や柳宗理などのすばらしい作品を購入しました。いつかデザイン・マイアミにも出展してもらえるとうれしいですね。

木田

本当にそう思います。さらに言えば、ヴィンテージだけではなく、若手によるデザインも応援したいです。

安藤

日本だとSOMEWHEREも良いギャラリーですよね。

アリック

そうですね。オーナーは倉俣史朗さんの大ファンで、倉俣さんのアプローチにも似たタンポポをアクリルの中に閉じ込めた作品などを扱われていますね。

Design Miami/Basel in June 2019

日本のデザイナーに感じること

とくに日本の若手デザイナーは、言語の壁もあってまだまだ世界での知名度が低く、もっと世界で活躍すべきだと思います。日本のコンテンポラリーデザインについてどう感じていますか?私たちは何をすべきでしょうか?

アリック

はっきり言って、日本のデザインは世界中で絶賛されています。誰もが日本のデザインとは何かを知っていますし、デザインの専門家ではなくても、日本のデザインに対して明確なイメージを持っている人は少なくありません。ですが、日本に滞在した経験から、日本のデザイナーが自分自身を世界にプロモートしていくのは大変だなとも感じました。言語の壁もありますし、ある種のインフラが関係しているのかもしれません。例えば、2000年代の初めには、Tokyo Designers Blockというデザインイベントが開催され、日本のデザインのすばらしい瞬間がありました。デザインイベントやフェアのようなプラットフォームや仲介者、さらには批評眼を持った一般大衆は、デザイナーをプロモートする役割を担ってくれるので、とても価値があると思うのですが、継続して発展させていくことは簡単ではありません。私はさまざまな場所でプロジェクトに携わってきましたが、資源や投資の不足がプラットフォーム発展の阻害につながり、一方、発展がないから資源や投資が集まらないという悪循環をたくさん見てきました。だからこそ、負のサイクルを断ち切るために、時には中間的な小さなステップを踏むことが重要だと思っています。

例えば以前、ブルックリン・ミュージアムにて、19世紀後半から現代までのデザインを展示するギャラリーをつくるプロジェクトに携わったのですが、各ギャラリーは1970年から一度も刷新されたことがなく、今回も資金不足のために全てを変えることは不可能でした。そこで、段階的に変えていくことにして、既存のディスプレイを使いながら、新たな空間をつくり上げました。これが将来の弾みになればいいなと思っています。すばらしいコレクションがあり、優秀な学芸員もいますが、ミュージアムを運営するには多額の資金が必要なのです。

デザイン・マイアミに関しても、中国や香港、あるいはその他の場所で開催するという話が10年ほど前から議題になってきましたが、多額の資金が必要にも関わらず、市場が十分に発展していないので誰も投資しようと思わずリソースも揃いません。ただ、今後小さな展覧会をキュレーションする計画があるので、来年こそは実施し、さらに大きく発展させたいと思っています。

大きなサポートを得られたり、プラットフォームが数多く存在したりするわけではなく、日本の若手デザイナーは少し士気を落としているのかもしれませんが、できることをやってみるという方法もあります。何かを構築して、継続的に発展させていけるといいですよね。

Design Miami in December 2019

とても興味深い話です。やはり、努力して前に進まないといけませんね。

アリック

でも日本のデザイナーだけがもがいているわけじゃありませんし、大丈夫ですよ!

一方、中国の若手デザイナーのシーンはどうですか?

アリック

現代的なデザインに関して言えば、日本よりも歴史が浅いです。12年前に中国に移住した時のことを思い出しましたが、少なくとも現代的な観点では、デザインはまだ非常に新しい概念でした。100年以上前から中国にはデザイン学校がありましたが、毛沢東時代、そして改革期を経て工業化が進められるなか、デザインはそれほど大きな役割を果たしていませんでした。しかし、この12年で本当に多くの発展を遂げました。12年前、デザインはアートとして、つまり個人を表現するものとして語られていて、今ではよりライフスタイルに寄り添ったものとなっています。多くの若手デザイナーが、論理的で美しい仕事をしていて、創造性のレベルとアウトプットの質は、驚くほど上がってきています。ですので、次のステップでは、デザインがもっとアイデアや思索、知識、学術的な議論に紐づいたものとなってほしいと思っています。

安藤

中国のデザイン市場は加速度的に成長していますよね。2年前にiFデザインアワードの審査員をしたのですが、中国からの応募が3割ほどを占めていました。政府がサポートをしていると聞いたこともありますし、数十年後には、中国のデザイナーはもっと力をつけてくると思います。

アリック

そうですね。そして強力なエコシステムを開発する必要もあるでしょう。今は、デザイナーも展覧会も、多くのすばらしいメディアでさえも、商業的な方向のみを見ているからです。強い市場は必要ですが、持続可能性を考えると、ミュージアムや批評家といった他の力もまた必要なのです。

デザインのナラティブを再検討する

木田

Black Lives Matterのムーブメントがアメリカで起こって、非常に強烈なインパクトがありました。それを見ていて、歴史は誰が書くのか?ということを考えたのです。当事者たちが書くことをしない限り、誰かの都合によって書かれた歴史が、いつしか定説となり支配力を持ちます。その時、日本のモダンデザインの歴史のことをふと思いました。自分たちの頭で考え、自分たちの言葉で、もう一度グローバルな視点から日本のデザインを位置づけ直す時期なのではないか?と。あなたはM+にいた時、アジアのデザインの歴史について、同じことをやろうとしていたのではありませんか?

アリック

私がM+にいた頃、デザインと建築に対する我々の目的は2つあるといつも言っていました。まず、アジアのあまり知られていないデザインと建築のナラティブを、アジアから伝えたいと思っていました。同時に、よく知られた世界的なナラティブを、この地域の私たちの立場から再検討したいと思っていました。文化は常に、人々やアイデア、物事が国境を超えて移動し共有されることで機能してきたという事実を称える、超国家的な視点を通して、私たちが行ってきたことはすべてグローバルな文脈の中で組み立てられたのだということを強調することは重要なことです。

アリック

私がM+にいた頃、デザインと建築に対する我々の目的は2つあるといつも言っていました。まず、アジアのあまり知られていないデザインと建築のナラティブを、アジアから伝えたいと思っていました。同時に、よく知られた世界的なナラティブを、この地域の私たちの立場から再検討したいと思っていました。文化は常に、人々やアイデア、物事が国境を超えて移動し共有されることで機能してきたという事実を称える、超国家的な視点を通して、私たちが行ってきたことはすべてグローバルな文脈の中で組み立てられたのだということを強調することは重要なことです。

近代史の再考という意味では、論争を巻き起こすために概念を提唱した、柳宗悦らによる民藝運動はその一つですよね。つつましい日常品の中に価値を見出したのは、ナラティブを拡張・発展させ、多くの人々に影響を与えた一つの例だと思います。デザインの概念を拡張させる現代的な実践であり、コンフォートゾーンから抜け出すための多くを学ぶことができます。

木田

そうですね。若手デザイナーが創造性を発揮し新しいデザインを生み出すことも、歴史を再検討することも、その両方が大切ですね。

今日はありがとうございました。アリックさん、最後に読者のみなさんや日本の若手デザイナーに向けたメッセージをお願いします。

アリック

中国には「加油」(jiā yóu)というフレーズがあります。文字通り、油を足すという意味の言葉ですが、立ち止まるな!とか、元気出して行こう、がんばれ!といった意味合いで使われます。それが私からのメッセージです。加油!!

Germans Ermičs

2020.9.14