Studio Swine
第4回目のゲストはスタジオ・スワイン(Studio Swine)。日本人建築家の村上あずささんと、イギリス人アーティストのアレキサンダー・グローブスさんが2011年に設立したデザインスタジオだ。スタジオ・スワインと言えば、2017年のミラノ・デザイン・ウィークに話題になったCOSのインスタレーションを思い出すデザイン関係者も多いのではないだろうか。なお、公私ともにパートナーである2人の間にはお子さんが生まれたばかり。忙しい子育ての合間を縫って、アレキサンダーさんがインタビューに応えてくれた。
- スタジオ・スワイン (Super Wide Interdisciplinary New Explorers)
日本人建築家の村上あずさとイギリス人アーティストのアレクサンダー・グローブスによるコラボレーションとして、アート、デザイン、映画の領域にまたがる作品を制作し、地域のアイデンティティやグローバル化時代の資源の未来といったテーマを探求する。深い文脈のリサーチと実験的な素材の組み合わせに基づくオブジェや没入型のインスタレーションといった作品は、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館、パリのポンピドゥーセンター、ヴェネチア・アート・ビエンナーレなどで広く展示されている。カンヌ国際映画祭をはじめ世界各地の映画祭で受賞多数。 Pace Gallery所属。
RCA(ロンドン王立美術大学)での出会い
お久しぶりです!お元気ですか?
元気ですよ。今はみんなスタジオでいろいろ実験など進めています。
Alexとあずささんは今東京で仕事をしているのですか?
そうです。実は日本ではこれまで仕事をしたことがなかったんですが、東京で1つ大きなプロジェクトが終わりました。まだ詳しく話せませんが、オフィスのアートワークのようなものを手がけました。また、2020年12 月に中国・深圳で私たちにとって初めての大きな個展を開催したのですが、ほとんどの作品を実際には見れていないんです。今は、現地に行くことなく展示をしなければならないという奇妙な状況です。複雑なインスタレーションだったのですが、作品をすべてイギリスから送ることができなかったので、イギリスと中国で作り、以前お仕事をご一緒した人に代わりにインストールしてもらいました。面白くていい経験にはなりましたが…。
本当ですよね。では早速インタビューをはじめさせてください。まず、Studio Swineを立ち上げた経緯から教えてもらえますか?
スタジオを立ち上げたのは今から10年前の2011年です。私とあずさはRCA(ロンドン王立美術大学)のプロダクトデザイン修士課程で出会ったのですが、私はファインアート、彼女は建築畑出身なので2人のものの考え方は全く違っていて。作品制作はいつもディスカッションから始まるのですが、たくさんの話し合いを続ける中で、一人では決してつくらなかった予想もつかない作品が生まれることを学びました。それがとても刺激的で、オフィスのインテリアからコンセプチュアルなプロジェクトまでさまざまな仕事に取り組み、その中でデザイン産業における古いシステムについて考えるようにもなりました。例えば、ミラノデザインウィークに行くと、大量生産されるデザインがたくさんあるわけですが、地球の資源は限られています。それでも多くの企業は限りある資源を使って常に多くのものをつくり続ける方法を模索しています。そういった状況を目の前にして、私たちに何ができるのだろう?と感じたんです。そこで、ものづくりのプロセスを伝える手段としてシンプルな椅子を使ったり、ストーリーを伝える手段としてデザインと創造性を駆使した映画をつくったり、アイデアを伝える言語、手段としてデザインを活用したプロジェクトを発表しはじめました。
インターネットに載っていない情報を求めて
そうして生まれたプロジェクトの一つに、中国の人毛市場で売られている髪の毛を使ったものがありますね。亀の甲羅や熱帯雨林といった減少しつつある資源に代わる再生可能資源として、人毛の可能性に着目されていましたが、どのようにそういったテーマを見つけるのですか?
ロンドンに住んでいた頃、近くに髪の毛のスーパーマーケットのようなウィッグとエクステを売っているお店があって、気になって中を覗いてみたら、それらは100%中国製の人毛だったんです。それで気になってインターネットで調べたのですが全然情報が載っていなくて。でも、そういうときこそ良いプロジェクトになる予感がするんです。まるでジャーナリストのようなアプローチですが、これはまだ人々が知らない面白い話になるかもしれないって思うんです。情報がないから自分たちの足で調べるしかない。そこで実際に中国のとある街にリサーチに行くと、大勢の人がバイクに乗ってロンドンのお店で見た髪の毛を売っていました。これまで記録されたこともない奇妙な終末論的な光景だったので、私たちがつくった映像がナショナルジオグラフィックで放送されたくらいです。とにかく、自分たちの興味や好奇心を出発点に、まだ記録されていないものを見つけることからプロジェクトは始まります。
1920年代にヘンリーフォードによってアマゾンのジャングルに造られた、今ではゴーストタウンとなった街が舞台の「Fordlandia」というプロジェクトは、ロンドンにある世界最古のタバコ販売店で出会った、工芸品のように美しいスモーキングパイプへの興味から始まりました。口に咥えるところにフラップのような素材がついていて、プラスチックのようだけどちょっと違うんです。何か分からずお店の人に聞いたら、硬化したゴムのようなものでした。そこからゴムに興味を持つようになったのですが、ゴムは本当に面白い素材です。産業革命に必要だった三大素材(石油、金属、ゴム)の一つで、ゴムなしではエンジンは動かないし、車にもシューズにもゴムが必要です。飛行機はタイヤがなければ着陸できません。外科医の手袋もゴム製。現代社会が、木から採れる液体由来の素材に大きく依存しているというのがとても興味深いと思いました。
「Sea Chair」という海から回収したプラスチックで椅子を作ったプロジェクトは、海洋プラスチックへの興味から始まっています。当時はインターネットで十分な情報が得られず、アクションを起こしている人もいませんでした。だから自分たちで調べて、海洋プラスチック汚染がひどい海岸を見つけ、ロンドンから車で6時間かけて現場を見に行きました。でも、漂着したプラスチックはリサイクルできるほどいい状態ではなく、この問題をどう扱うかから考える必要がありました。そこで、リサーチプロジェクトとしてアートピースをつくったり、ギャラリーで展示をしたり、記録映画を作ったりといった方法を見出しました。人々を暗い気持ちにさせたり、うんざりさせたりしないことも、こういった題材を扱う時には大切だと思っています。
すべては見えない糸でつながっている
作品を拝見していると、そのアイデアの多くは、社会問題や環境問題に紐づいていると感じます。デザイナーとしてそういった問題に興味を惹かれるのはどうしてでしょう?
それは自然環境がないと私たちも存在できないからです。私は、何か他のことをするなら自然科学の研究者になりたいと思うほど、自然の中で動物や植物について学ぶのが好きなんです。私たちのプロジェクトはいつも素材にまつわる疑問からはじまりますが、素材を突き詰めると、私たちはすべてつながっているという興味深い事実に気づきます。距離は離れているし、物理的に切り離されているように感じますが、アマゾンの熱帯雨林と今私が持っている安いプラスチックのペンは、見えない糸でつながっているのです。現代産業は驚くほどクレバーで、私たちは世界中から資源を手に入れられるようになりましたが、祖先が持っていたような身の回りのものとのつながりを、再び獲得することはとても興味深いことだと感じています。また、荒れた土地も何百万年前は熱帯雨林だったかもしれませんし、すべてのものは絶えず変化しています。私たちが作ったものも、いつかは別のものになるでしょう。それは興味深いデザイン思考であり、私たちが壮大な時間軸の中でどのような役割を果たすことができるのかを考えるということでもあります。
日本人は素材への感受性が高い?
今を生きるデザイナーとして、環境問題や社会問題は避けては通れません。2人の活動は、日本のデザイナーにも非常に参考になると思います。
日本では、すべての商品が包装されていて、使い捨てのプラスチックパッケージは大きなトピックですが、大して問題視されてないように感じます。でも、もともと日本には、ナチュラルでサステイナブルな素材が使われている、見事な例がたくさんありますよね。竹でつくられた曲げわっぱや、おにぎりを包む竹皮。日本人は素材への感性が豊かなので、実は、そういったことが世界の誰よりもうまくできるのではないでしょうか。
確かに、日本は国土の大半が森林で自然に恵まれているので、自然素材を生かして製品をつくる伝統的な手法がたくさんあります。他にも日本で印象的だったことはありますか?
いっぱいありますよ。特に専門性の深さには驚きました。本屋に行くと、フラワーアレンジメントの本、昆虫の本、さまざまなジャンルの専門書が驚くほど豊富にありますし、刃物屋に行くと、ふぐ刺し用などとにかくいろいろな種類の包丁があります。その専門性は本当にすごいと思います。その特異性は一体どこからくるのでしょうか?
日本人の自分でも良く分からないことが多いのですが、日本では魚や野菜を生で食べることが多いので、新鮮さを保ちながら繊細に切る必要性から、包丁がさまざまな形に改良されてきたのかもしれませんね。
確かに日本には複雑な文化が存在しますが、日本人にとってはそれが当たり前すぎて疑問に思わないことも多いんです。
魚は水中にいることを知らないですからね。
日本のデザインシーンはどのように感じていますか?日本にもすばらしいデザイナーがたくさんいると思いますし、ミラノや海外で展示し活躍している方も多いのですが、個人的に、特に若手はもっと海外に出て自分の考えを伝えていくことが大切ではないかと思っています。
日本にはデザインギャラリーがあまりないですが、新たな才能を世界にプレゼンする、その架け橋となる存在は必要かなと思いますね。
今、注目しているデザイナーはいますか?
そうですね、デザイン業界にはとても多様性があって、多彩な才能がすばらしい仕事をしていると思うのですが、個人的にはヴィンテージやクラシックなデザインが好きなんです。特に、フランク・ロイド・ライトが2人とも大好きで、アメリカには彼の建物がたくさんあるのでいつも巡礼の旅をしています。あと、スペイン人デザイナーのトマス・アロンソも好きですし、スウェーデンのデザイナーや日本の石上純也さんもすばらしいですね。
石上さんの建築はとても刺激的ですよね。
ギャラリーやクライアントと仕事をするということ
ヨーロッパのデザイナー視点で見たとき、デザインギャラリーはどのような役割を果たしているのでしょう?
それは各デザイナーの個性によるのではないでしょうか。ギャラリーは何が売れるかを知っているし、顧客を持っているので、需要の観点からデザイナーが作る作品に影響を与えているかもしれません。ギャラリーごとに強みや特色があり、作品のプレゼン手法に関して言えば、インテリアショップに比べてはるかに優れている側面もありますから、そういった特性を理解して、デザイナーが自身の作品の文脈をどこに置くのか、何を選ぶのかが非常に重要だと思います。日本のデザインや日本を連想するデザインは、非常にポジティブに作用するケースもありますよ。
ギャラリーがアイデアを提案してくることもありますか?
いえ、それは全くありません。もともとアイデアはこちらにあったけれど、ギャラリーのサポートなしでは実現が不可能だったものはあります。私たちの場合、ほとんどのプロジェクトが自主制作で、研究に興味があるので、実際のところギャラリーとはあまり仕事をしていませんね。
お二人はInstagramやCOSといったクライアントとのコミッションワークも手がけられています。私もCOSのインスタレーションをミラノで実際に見ましたが、とても印象深く感銘を受けました。ただ、そういったアイデアを通すときにクライアントと対立することもある気もしていて…、クライアントワークの難しさはありますか?
いえ、クライアントとは良好な関係を築けているので、一緒に仕事をするのは楽しいです。COSの店舗や服に対するデザインアプローチが好きだったので、アイデアを考えることは難しくはありませんでした。あえて、彼らのテイストに合わせる必要もありませんでしたし。クライアントワークには、妥協が伴うと思われるかもしれませんが、実際のところ、自分たちがやりたいと思うものだけではなく、彼らが最も望んでいるものを作ること、つまり、妥協せずにみんながハッピーになれるものを作ろうとするチャレンジが好きなんです。
COSの作品は本当にすばらしくて、大勢の人が見るために列をなしていました。僕も1〜2時間は待ったかな。
それは、ごめんなさい(笑)。
今デザイナーが果たすべき役割とは
まだまだ大変な状況は続きそうですが、今、デザイナーが果たすべき役割はなんだと思いますか。
私は、デザインは暮らしのなかの芸術、生きるための芸術だと思っています。日本のデザインはまさにその点ですばらしいと思っていて、デザインを通して自然とのつながりを感じさせることができると思っています。また、今はコロナ禍で家にいることが多いですし、精神的なダメージを受けている方も多いので、空間を快適にするといった領域でもデザインが果たせる役割があると思います。本当に美しくデザインされた空間に入ると、気分がころっと変わりますし、世界の感じ方まで変わります。ある意味で音楽にも似ていて、パワフルな薬のようなものですよね。
異業種コラボレーションの可能性
自分たちは今、経済学者や科学者と一緒にあるプロジェクトを進めているのですが、それぞれが全く異なる視点を持っているので、そういった異業種のコラボレーションによって問題解決の新たな方法が見つかる可能性もありそうです。2人も、そういった異なるフィールドの専門家とのコラボレーションに興味はありますか?
そのプロジェクトは非常に面白そうですね。私はプラズマ科学にとても興味があるので、その分野の科学者とコラボしたいし、森林学の科学者とも何かやってみたいですね。
最後に、これからの予定を教えてください。
今、自分たちの家を建てるプロジェクトを進めています。まだ場所は決めていませんが、軽井沢とか自然と文化、双方へのアクセスが便利なところがいいですね。あと、イギリスでの大規模なインスタレーションや、プラズマのプロジェクトも進行中です。