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2023.7.19

第8回目のゲストは、ロンドンの中心部にギャラリーを構えるミントのリナ・カナファニ(Lina Kanafani)。彼女はコンテンポラリーデザインの市場がまだまだ小さかった1998年にギャラリーを設立し、四半世紀にわたり多くのデザイナーと仕事をしてきた。昨年、世界一のデパートと言われるセルフリッジズのすぐそばにギャラリーを移転。we+の作品も取り扱ってもらっており、先日のロンドン出張時にはお食事もご一緒させてもらった。ヨーロッパの主要大学の卒業制作展にはできる限り足を運び、若手デザイナーの育成に力を注ぐ彼女は、いつもデザイナーへの愛情に溢れ、コンテンポラリーデザインの母のような存在だ。

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1998年にリナ・カナファニによって設立された、ロンドン中心部にあるデザインギャラリー。最先端のデザインと革新的な一点ものを巧みに組み合わせたコンテンポラリーなコレクションで知られ、国際的に有名なデザイナーや、才能に溢れる若手デザイナーの作品を独占的に扱っている。限定品の展示にも力を入れており、定期的にアーティストやデザイナーに依頼し、オリジナル作品を制作。トレンドの独自解釈と、ディテールや美意識に対する並々ならぬこだわりで時代の最先端を走っており、トレンドセッターとして確固たる地位を確立している。

ロンドンにコンテンポラリーデザインがなかった時代から

はじめに、ミント立ち上げの背景や、コンセプトを教えてください。あなたの出自や教育、経験がギャラリー設立に与えた影響はありますか。

リナ

ミントを始めたのは1998年のことです。私のバックグラウンドは実はデザインではなく、レバノンの大学で生化学を専攻し、ロンドンで修士号を取得しました。ただ、父がいつもスウェーデンに通っていたこともあって、ずっとコンテンポラリーな空気の中で暮らしてきました。おそらくヨルダンでは唯一の、スイス人の建築家が建てたとてもモダンな家に住み、北欧デザインをベースに、東洋の絨毯やシャンデリアなど、こだわりのある家具に囲まれて育ちました。レバノンでは、70年代から多くの人や文化が流入し、モダンデザインからクラシックまで、あらゆるものに触れることができました。結婚してロンドンに住み始めたのですが、当時のロンドンはレバノンと比べると何もありませんでしたね。パジャマやローブなどのアクセサリーをハロッズや大きな店舗に売る仕事をはじめ、本当にいろいろな仕事をしてきましたが、ある時に飽きてしまって。そんな折、自分のアイデアを仕事にしてみたらどうだろう、とある人から言われたことがきっかけでギャラリーを始めたのです。クラシックからモダンまで、デザインのことはよく知っていたので、その領域で何か今まで人々が見たことがない、新しいことをやりたいと思ったんです。ロンドンにはまだコンテンポラリーデザインがなかったので、ちょっとアバンギャルドな感じでした。最初は小さく始めて、美大生の卒業制作作品をたくさん展示しました。トム・ディクソンをはじめ、私がアイデアやコンセプトを気に入ったデザイナーの作品を扱うところから、ギャラリーはスタートしました。

トレンドの兆候は卒業制作作品の中に

安藤

この前食事をご一緒した時も、いつも新しい才能を探していて、彼らを教育することに注力しているとおっしゃっていましたね。今ではロンドンをはじめパリやニューヨークにも数多くのデザインギャラリーがありますが、競合がひしめく中で、ミントのユニークポイントは何だと思いますか。

リナ

やはり毎年、膨大な数の美大生の卒業制作作品を見ていることではないでしょうか。展示を見ると、彼らは今どんな気持ちで何を感じているのか、その年々の雰囲気が伝わってきます。トレンドは定着するのに3〜5年はかかりますが、その兆候を世界中のデザイナーの作品を通して知るわけです。デザイナーはお互いを知らないにも関わらず、そこには1つの大きな思考の流れがあり、それはやがてイノベーションへとつながり、5年後には新しいトレンドが生まれるのです。私たちはそのデザインの鼓動からインスピレーションを得ています。そこから、ギャラリーとして何を見せたらいいのか、何をしたらいいのか、新しいトレンドは何かを考えるのですが、それはとても時間のかかる作業です。一回の展覧会だけでは決して分かりませんから。

コンテンポラリーデザインを牽引してきたリー・エデルコート

ギャラリストにとって、デザインのトレンドを理解することは大切だと思いますが、あなたはトレンドになる前の兆しからキャッチアップしているのですね。ところで、現在のデザインのトレンドは何だと思いますか。

リナ

現代の状況は少し複雑ですが、サステイナブルなデザインには注目が集まっていますね。すぐ消費したり、捨てたりはしたくないという点では、手頃な価格のものを作るデザイナーとは正反対のアプローチです。革新的なデザインが注目され、デザインピースはより複雑で高価なものになってきていると思います。でもそれは、ものをより長く持つことにつながりますし、デザインをより富裕層やコレクターに向けたものにしているのではないでしょうか。私たちのようなギャラリーが扱う作品も、ゆっくりと、より革新的な素材を使ったコレクティブルデザインへと移行していますし、実際、人々はそのような唯一無二の作品を欲しがっています。今ではベルギーやアムステルダムをはじめ、ヨーロッパ中にデザインギャラリーが存在しますが、昔はこんなに多くはありませんでした。ミラノのロッサーナ・オルランディが私のすぐ後にギャラリーを立ち上げ、それから続々と同様のコンセプトで多くの人々がギャラリーを始めました。そして今では当たり前のようになったのです。

21世紀に入ってコレクティブルデザインの市場は発展しましたが、他にも理由があるのでしょうか。

リナ

オランダのデザインアカデミー・アイントホーフェン(以下DAE)が、デザインシーンの変革に与えた影響はとても大きかったと思います。私がミラノデザインウィークに通い始めたのは25年前ですが、その頃は、美大生の卒業制作作品がもっとも革新的でした。当時DAEの学長だったリー・エデルコートは、卒業制作作品はコレクティブルデザインになるというビジョンを持っていました。彼女は日用品には注力せず、卒業制作作品であっても、コレクターズアイテムになりえるという考えを推し進め、マーティン・バースやスタジオ・ヨブのようなデザイナーが、今に至る大きなムーブメントを作りました。マーティン・バースの作品を最初に見たのは、とても小さなショールームでした。10人ほどのデザイナーの今までに見たことのない新しい作品がウィンドウ越しに見えて、小さな展示会でしたが本当に面白かったんです。マーティン・バースの焼いた椅子の作品Smokeや、花の模様ですがコンクリート製の作品などがあり、それらは予想外で、とても革新的な素材の使い方をしていました。私はすぐに、この動きがトレンドになると思いました。トップがはじめると、それがメインストリームにも波及します。サステイナブルなことをコレクティブルな文脈で行なえば、数年後にはそれが主流になるでしょう。新しいアイデアをコレクティブルデザインとして発表するのは、限定的で特別感があるがゆえにとても有利です。感度の高い人がまずコンセプトを理解し、徐々に大衆へと広がり、世の中の当たり前になっていきます。

安藤

リー・エデルコートがとても大きな影響をデザイン界に与えたんですね。オランダといえば、ドローグはいかがでしょうか。

リナ

ドローグデザインは、その土台にあると思いますね。彼らは、今まで見たことのない楽しいデザインを生み出してきました。彼らは常に自然を見つめ、自然に回帰するという点で、サステイナブルでもあります。ロンドンやミラノでドローグの展覧会が開催された時は行列ができましたし、コレクターのみならず、すべての人にとってとても魅力的なものだったんです。すべての作品が手作りで、よく考えられていて、オリジナリティがあり、これまでとは違うデザインアプローチで新しく見えました。その後に、リー・エデルコートがやってきて、DAEと協力してその思想を推し進めました。彼女はそれを最大化し、世界に広めたのです。私にとって、オランダはパイオニアです。

さらにその前にはイタリアでメンフィスもありましたよね。

リナ

そうですね、多くのムーブメントがありましたし、それぞれに美学と方向性があります。メンフィスはとてもすばらしいデザインだと思いますが、中世ヨーロッパのスタイルのようだと感じることもあって、mintでは取り扱っていません。18世紀のイギリスや北欧のデザインは洗練されていて落ち着いていますが、バロックはより表現豊かでカラフルなように、国ごとに違ったスタイルがありますよね。私が好きな作品や売り方がアムステルダムのギャラリーにとって不可欠とは限りませんし、ギャラリーごとに成功の基準も売り方も違うのです。ロッサーナ・オルランディがミラノで作品を売ることができても、ロンドンで同じものが売れるとは限りません。人も美学も環境も、すべてが違うのですから。同じデザイナーを見ていても、ギャラリーごとに成功への導き方は違っていて、それぞれが個別のスタイルを持っているのですが、それはとてもいいことだとも思います。

他とは一線を画す、ギャラリーの中でひときわ個性を放つ作品を

安藤

なるほど。ではあなたがギャラリーで取り扱う作品の選定基準とは何でしょうか。

リナ

まず、見た目の魅力から入りますね。これまで見たことのない表現であるか、形や素材、アプローチの仕方も含めたオリジナリティはとても大切です。作品のクオリティももちろん重要。そして、タイミングもまたポイントなんです。誰かが何かを探しているときに、そのタイミングでぴったりなものを見つけることができれば、デザイナーは正しいことを正しいタイミングで行なっていることになりますから。そして、ギャラリーでやっていることとの整合性を常に求めることです。手わざ、素材、イノベーション、サステイナビリティ、審美性…、あらゆる側面をデザイナーと一緒に考え、ギャラリーのコンセプトに合うものを取捨選択しなければなりません。私は、ギャラリーの中でもひときわ個性を放つすばらしい作品を求めています。だからこそ、イノベーションや審美的なオリジナリティが大切なのです。

顧客のリクエストがデザイナーの作品に影響を与えることはありますか。

リナ

ありますよ。私の仕事の多くはインテリアデザイナーとの協業です。彼らはいつもプロジェクトにあった特別なサイズ、ものをリクエストしてくるので、できる限り良いものを提供できるようデザイナーと検討します。多くはハンドメイドなので、インテリアでも家具でもクライアントが望むように調整するのです。直径120cmのテーブルはあるけれど、実際は150cmのものがほしいとか、5本ラインのものはあるけど、25本ラインのものがほしいとか。これはニッチな市場だから成り立つことで、製造ラインをもってしまうとできないことです。

日本のデザイナーの未来は明るい

そうなのですね。次に、日本のデザインについてお伺いします。もちろん海外のデザインギャラリーと仕事をしている日本人デザイナーはいますが、日本のコンテンポラリーデザイン、コレクティブルデザインの市場は大きくはありません。

リナ

それは、日本にはコレクターが少ないということですよね。私もなぜそのような状況なのかずっと考えていました。なぜ日本のデザイナーは活躍できないのか。技術は信じられないほどすばらしく、もしかして世界を救うにはもっとも適任かも!?と思うことすらあるのに。ただ、歴史的には日本は孤立していて、自分たちの殻の中に閉じこもる傾向にあったとも思います。そしてミニマリストですよね。必要なものしか作らず、自分を律することができる。それはヨーロッパとは明らかに違うスタイルで、このような生活様式や市場原理が影響しているのではないでしょうか。でも、ファッション業界では、コム・デ・ギャルソンなどの日本勢が世界のファッションのルールをすべて破りました。彼らがやったことはデザインでも実現可能だと思うんです。日本のデザインは品質に定評がありますし、革新的なデザインと品質を両立させることは日本人にとって当たり前なこと。包丁のような小物でさえ、日本人は簡単には捨てません。なぜなら品質がいいからです。日本の製品は常にサステイナブルで機能的。だからこそ、私は日本のデザイナーの未来は非常に明るいと思っています。今、アジア全体が変わってきていて、中国や韓国は、コレクティブルデザインやギャラリーに力を入れているので、日本人の意識も徐々に変化していくと思います。

そうですね、私たちもがんばらないといけませんね。

リナ

いつでも明るい見通しを持って、ベストを尽くすべきですよ。

テクノロジーと工芸とサステイナビリティが交差する

安藤

では、これからのコンテンポラリーデザインはどうなっていくと思いますか。

リナ

私はリー・エデルコートではありませんからねぇ(笑)。ただ、今世界で起こっていることを考えると、テクノロジーの力はとても大きいですね。仮想現実のデザインはますます発展し、これからも大きな変化が訪れると思います。人々はますます仮想現実でものを買い、デザインするようになるでしょう。もうすでに、非常に複雑でユニークな作品を買うことができますし。一方で、工芸的な要素も常に存在し続けると思います。なぜなら、私たちはものに直接触れること、経験をすることが大好きで、それが人間の本質だからです。工芸はデザインの一部として融合し、ますますクリエイティブになってきています。そしてやはり、これからのデザインは、環境とより密接に関係していくのではないでしょうか。地球温暖化や他の環境問題は避けては通れません。テクノロジーと工芸とサステイナビリティ、それらの間にこれからのデザインの道があるのかもしれません。それらが審美的に表現されるのか、技術的に表現されるのか、私には分かりませんが、これからのデザインのあり方に大きな影響を与えると思います。また、直近で言えばコンテンポラリーデザインの市場は良くなってきています。例えば、カーペンターズ・ワークショップ・ギャラリーはとても大きなスペースをオープンしましたが、それは良い兆候です。それだけコレクターの動きが活発だということですから。

それでは最後に読者のみなさんへメッセージをお願いします。

リナ

みなさんもデザインピースを収集したり買ったりされると思いますが、直感の赴くままに、気に入ったもの、心が魅了されたものを是非買っていただきたいです。私は、好きなものに囲まれて暮らしたいですし、それらを所有することを楽しんでいます。人生は短いですから、どうかみなさんもデザインを楽しんでくださいね。

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