Maria Cristina Didero
今回のゲストは、デザイン・キュレーター、コンサルタント、著述家のマリア・クリスティーナ・ディデロ(Maria Cristina Didero)。ミラノを拠点に数々の国際的な展覧会のキュレーションを手がけており、ヴィトラやフリッツ・ハンセン、レクサス、ルイ・ヴィトンなど多くのグローバル企業のコンサルティングも行っている。彼女が2022年に「The Golden Age」という総合テーマのもとキュレーションディレクターを務めた国際デザインフェア「デザイン・マイアミ」にwe+が出展したことがきっかけとなり、以後、さまざまな局面でアドバイスを受ける、イタリアのお姉さん的な存在だ。
- マリア・クリスティーナ・ディデロ
ミラノを拠点とするデザインキュレーター、コンサルタント、著述家。さまざまな雑誌とのコラボレーションに加えて、多くの出版物に寄稿。Wallpaper誌のミラノ編集者を務める。ヴィトラやフリッツ・ハンセン、レクサス、フェンディ、ルイ・ヴィトン、ヴァレクストラなどの企業のコンサルタントを手がけるほか、世界各地で展覧会のキュレーションを担う。2022年1月、デザインマイアミのキュレーションディレクターに任命され、バーゼル、パリ、マイアミビーチのフェアを担当した。
認知度が低かったキュレーターという職業
今日はインタビューに誘ってくれてありがとう。
こちらこそ、インタビューの機会をいただけてうれしいです。さっそくですが、なぜデザイン・キュレーターになろうと思ったんですか。
最初からデザイン・キュレーターになろうと思っていたわけではないんです。大学の専攻は哲学と歴史学で、文学や建築・デザインも好きでした。その頃、イタリアに限らず一般的にキュレーターという職業はあまり知られていなくて、どうしたらなれるのかも全然分からなかったので、卒業後はジャーナリストとして働き始めたんです。今でも、Wallpaper誌のミラノのデザイン・エディターをやっています。その後、少しずつキュレーターが専門職として知られるようになり、私も徐々に展覧会を企画するようになりました。ヴィトラ・デザイン・ミュージアムの仕事が始まったのもその頃で、仕事は14年間続きました。でも、当時はクリスマスに親族と会って仕事の説明をしても、ちゃんとは分かってもらえませんでしたね。
今でも、デザイン・キュレーターになりたい場合、ジャーナリストやライターとしてキャリアを積みながら、キュレーターになっていくのが自然な流れでしょうか。
今は時代が違います。10年ほど前から、学校にもキュレーター養成コースができましたし、美術館やワークショップのサポートも、キュレーターを目指す若者にとっては有益です。しかし、キュレーターは独自のビジョンを持ち、デザインの見方を理解し、自分が何をしたいのかを分かっている必要があるので、誰もができることではありません。いざ、キュレーションをするとなったら、できる限り多くの展覧会を見て、情報を集める必要があります。主題や作品のことを考え、何が最も大切なのか、この経験から何を掴み取りたいのかを理解する必要もあります。
キュレーターが、展覧会を外にひらく
なぜ、キュレーターは以前より重要になったのでしょうか。
これは非常に難しい質問ですね。というのも、なかにはキュレーターがデザイナーよりも目立つ役割を担っているという人もいるからです。でも、私はそうは思いません。骨太なビジョンを掲げてプロジェクトを進める剛腕キュレーターはいます。でも、私にとって最も重要なことはデザイナー自身と彼らの活動であり、そこから物語を紡いで伝えることです。デザイン業界だけではなく、誰もが分かる展覧会に仕立て上げることです。外に開かれていなければ、成長はなく、自己満足で終わってしまいますから。私はこれまで、数多くのデザイナーと対話をし、コラボレーションを通して関係を築いてきました。キュレーターはデザイナーに媚びを売るためにいるわけではありません。批評をし、問題を提起する人であるべきです。ただ、判断はしません。理解して分かち合うのです。プロジェクトというのは、多くの視点が加わることで、発展していくものですから。
会話をすることで、デザイナーと一つのものを作り上げていくイメージでしょうか。他のキュレーターの方も同じようなスタイルで仕事をしているのですか。
異なるアプローチのキュレーターはたくさんいますし、彼らもまたすばらしい仕事をしていますが、作品になる前の事象を重要視するのが私のアプローチです。もちろん作品そのものも大切ですが、なぜそれをつくったのか、つくるきっかけとなった事柄は何かにとても興味があります。例えばwe+の作品で言えば、使用済み銅線を使ったHazeを私は評価していますが、作品のみならずその背景にあるリサーチや、作品を作る前に考えたことや気持ちの変化の方に関心があるんです。
大切にしているのは、デザイナーの思考や活動そのもの
トレンドは、デザイナーやキュレーターにとって大切な事柄の一つだと思いますが、現在のトレンドはなんだと思いますか。
例えば、未完成のオブジェやマテリアルのプロジェクトが今のトレンドかもしれませんし、私もそれらは好きですが、”トレンド”は、正直好きではありません。過去5年間、多かれ少なかれ同じような動きが見られ、中にはやりすぎていたり、粗悪で中身のなかったりする作品も多く見られました。トレンドには、新たな価値観を確立する良い側面もありますが、私はあまり興味を持てません。もっと個人的な、デザイナーのアプローチに興味があります。キュレーション方針をトレンドによって変化させたことはありませんし、流行に影響を受けやすいという理由で、新人デザイナーをピックアップすることもありません。学校教育は大切ですが、生徒は先生を見て、そこからインスピレーションを得るので、似たような作品が生まれ、それが流行になっていくのでしょう。一方、クラシックと言われるものは、インターナショナルなデザインアイコンであり、いつまでもみずみずしく、廃れることはありません。
では少し質問の角度を変えて、あなたの関心ごとはこの10年で変わりましたか。
それは良い質問ですね。少しは変わったかもしれませんが、基本的には変わっていません。私が大切にしたいのはデザイナーです。彼らが作品をつくる理由やその方法です。60年代から70年代後半にイタリアで起こったデザインムーブメント、ラディカル・デザイン関連の仕事を多くしてきましたが、そのアプローチが私のそれに近いと思います。作品はとても彫刻的でありながら、その背後にあるストーリーを伝えています。イタリアをはじめ世界中で人権闘争があった時代。作品には建築家の社会的・政治的な経験が反映されており、時代の文脈がそこに流れています。
最近は、作品のサステナビリティにも関心があります。残念なことに、今地球は大変な状態ですから。いたるところで、多くのデザイナーが環境汚染源となるプラスチック素材を使ってきました。今ではそれが良くないことだと分かりますが、当時はそんなことを考える人はいませんでした。プロジェクトにはいくつかの側面があって、サステナビリティがここ数年で重要になってきているということなのだと思います。
信頼するデザイナーが新たな情報をもたらす
新しい才能はどのように探し出していますか。
リサーチをたくさんしますね。もちろん展覧会等にも足を運びます。過去にコラボしたデザイナーを筆頭に信頼できる友人がたくさんいるので、彼らから情報をもらうことも多いです。デザイナーは他のデザイナーに対する視点がとても鋭いですから。
nendoをはじめ日本人デザイナーともお仕事をされていますが、日本のデザイナーやデザインシーンに対して感じることはありますか。
2017年に、ホロンデザインミュージアムにて、nendoにとって初の美術館での展覧会「The Space in Between」のキュレーションを行いました。ニューヨーク在住の田村奈穂さんとも、「Sun Shower」というデザインマイアミのサテライトプロジェクトでご一緒したことがあります。アリック・チェンとの共同キュレーションの仕事でした。それと、まもなく日本で開催予定のプロジェクトが、Tangentの吉本英樹さんと進行中です。ビジネスやプライベートで日本は何度も訪れていますが、日本人はなんてラッキーなんだろうといつも感じます。細部へのこだわり、探求精神、美学、人間関係といったことに情熱を傾けられる魅惑的な国であり、日本の伝統や文化は、世界で最も求心力のあるものの一つですから。その可能性と革新力は、多くの人にインスピレーションを与えています。
中国や台湾といった他のアジアの国はどうでしょうか。
15年ほど前にミラノでタイの国王のプロジェクトを手がけたことがあります。その時は、竹をふんだんに使ったタイのデザインに触れましたね。また昨年から2年連続で、ミラノデザインウィークに開催される、シンガポールのデザイナーを紹介するプロジェクトに参画しています。キュレーターは私とTony Chambarsです。今年のミラノデザインウィークでは、その他にも複数のプロジェクトに携わっていて、インド・ニューデリーのデザイナー Gunjan Guptaのプロジェクトでは、インドのスーパーマーケットを再創造します。彼女はコレクター向けのデザインを手がけているので、作品は一般的なものに比べると非常に高価ですが、民主主義のコレクションという名のもとにテーブルウェアをつくっています。洗練されているけど、普段使いのできる、手頃な価格のものです。
ますます高まるサステナビリティへの関心
コンテンポラリーデザインやコレクティブルデザインは今後どのように変わっていくと思われますか。
私は水晶玉を持っているわけではありません。(笑) でも、あらゆるものが変化し続けるように、コンテンポラリーデザインもまた変わっていくはずです。サステナビリティへの関心はますます強まると思います。どのように材料が調達されて、ものがつくられるのか。トレーサビリティは、家具だけではなく、建築も含めたあらゆるものづくりで優先順位が高くなると思います。
そうですね、ところで、日本は欧米に比べてコンテンポラリーデザインの市場が大きくはないのですが、なぜだと思いますか?
冗談に聞こえるかもしれませんが、日本のみなさんは美しいものに囲まれていて、すべてがきれいに保存され、調和しているので、これ以上必要だと思わないのかもしれません。日本にも素敵なデザインギャラリーはありますが、確かに数えるほどしかありませんよね。ちなみに、ヨーロッパ、アメリカ、中東では、コレクターたちはデザインフェアに熱心です。東京にもデザインフェアはありますか。
東京にもデザインウィークはありますが、デザインマイアミのような形態ではありません。また、日本にもアートコレクターは多いと思いますが、彼らはデザインピースまで蒐集していないように思います。
コンテンポラリーデザインの認知度がまだまだ低いのかもしれませんね。
東京のデザインウィークはたしか10月ですよね?そしたら、何か一緒に仕掛けてみませんか。
それはいいですね、ぜひやりたいです。今日はありがとうございました。最後に読者のみなさんへメッセージをお願いします。
こんなにすばらしい国で暮らせるなんて、みなさんは本当に幸せですよ!