Germans Ermičs

2020.9.14
Photo: Jussi Puikkonen

第2回目のゲストはオランダ・アムステルダムを拠点にグローバルに活躍するデザイナーゲルマンズ・エルミッチ(Germans Ermičs)。リミテッドエディションの作品を発表する一方で、InstagramやBang&Olufsenといった企業のコミッションワークも手がける。Germansと初めて会ったのは2017年のMilan Design Week。ともにRossana Orlandi Galleryにて作品を展示していたことがきっかけで仲良くなった。Germansはその年、倉俣史朗さんのGlass ChairのオマージュであるOmbré Glass Chairを出展し、多くのメディアで話題に。その年のWallpaper* Design AwardsのNext Generation Designer of the Yearのショートリストにも選出された。we+の2人とは同世代ということもあり、彼の取り組みにはいつも刺激をもらっている。

ゲルマンズ・エルミッチ

オランダ・アムステルダムを拠点に活動するラトビア出身のデザイナー。光と空間と色によって、知覚に変化をもたらすことを得意とし、近年は、美しく精巧なガラスの家具を制作。見る人を惹きつける絶妙な色使いとグラデーション。エッジを溶かす柔らかなフロスト加工。空間を映し出しては巧みに操る鏡面加工。さまざまな手法を駆使することで、美を追求した作品を手がける。

Germansとコンテンポラリーデザインの出会い

まず、簡単な自己紹介をお願いします。

ゲルマンズ

オランダの大学Design Academy Eindhovenで、インテリア・家具のデザインを学んだのですが、その前は、デンマークのデザイナーRasmus Kochの元でインターンをし、その後、友人と一緒に雑誌をつくるなどグラフィックデザイナーとして活動していました。そんな背景もあり、2次元的に思考して、3次元で実現することが私の持ち味だと思います。卒業後の3年間はインテリアデザイン会社で働き、お金を貯めて、2014年の冬に自分のスタジオを立ち上げました。独立してまもなく6年になります。現在はミラノのRossana Orlandi Galleryや他のデザインギャラリーを通して、自身の作品を販売しています。また、インテリアデザイナーや建築家と協業して、空間やインテリアデザインを手掛けることもあります。InstagramのパビリオンやマイアミのデザインショップAlchemist、ロンドンのDover Street MarketにあるRaf Simonsの空間、Bang & Olufsenのインテリアデザインなどにこれまで携わってきました。そういった活動と並行して素材のリサーチも行っています。コレクティブルデザインの世界では一般的だと思うのですが、主にこれら3つのフィールドを軸に活動しています。

Instagram x Germans Ermičs, WTRE, Cannes Lions (2019)
Photo: Filips Šmits
安藤

美しいカラーガラスを使った作品が特徴的ですが、デザイナーとしてのターニングポイントを教えてもらえませんか?

ゲルマンズ

2015年のMilan Design Week中に開催された「Dutch Invertuals展」にてShaping Colourという、カラーガラスを使った作品を発表しました。平面と立体の間とも言える、素材と形と色が呼応する作品なのですが、それが私のデザインアプローチを定義づけるとても重要なターニングポイントになったと思います。それ以来、色は私にとって大切なテーマで、オブジェクトに最終的に付加するものではなく、もっと主体的に形やオブジェクトに影響を与え、支配していくものとして捉えています。その2年後に倉俣史朗さんのGlass ChairへのトリビュートとしてOmbré Glass Chairを発表しましたが、そちらも大きな転機となりました。倉俣さんはガラスの接着を可能にするフォトボンド100によって作品を実現させましたが、私も今だから活用できる技術を使い、色によってイノベーションを導きました。作品は多くの媒体に取り上げられ、たくさんの方が興味を示してくれたのですが、その流れは今でも続いていて、1つの作品が持つインパクトに改めて驚いています。

Germans Ermičs, Ombré Glass Chair (2017)
Photo: Jussi Puikkonen

Ombré Glass Chairは、2017年にRossana Orlandi Galleryで展示されていましたよね。非常にインパクトがありました。Rossana Orlandiとはどのように出会ったのですか?

ゲルマンズ

Design Academy Eindhovenを卒業するとき、私の卒業制作作品が彼女の目に留まり、「あなたの作品を来年のMilan Design Weekで展示したい」と言われたのが最初の出会いです。ただその時は、作品のプレゼン方法やプロとのコネクションの作り方を分かっていませんでしたし、コレクティブルデザインの業界のことも、Design MiamiやPAD のような展示会のことも知りませんでした。そんな状態だったので、Milan Design Week期間中は彼女のギャラリーに作品だけを置いて、他の展示をずっと見ていました。今思えば本当にバカな話ですけど、その時はどうすればいいのか全然分かっていなかったんです。ネットワークをつくったり、自分を売り込んだり、そういったことが全然できませんでした。

安藤

私たちも、コンテンポラリーデザインのシーンのことは最初全然分かっておらず、Milan Design Weekに出展して初めて、いろいろな方と出会い少しずつ理解が深まりました。

あなたもwe+も、コンテンポラリーデザインというフィールドで、数々の実験を基に新しい素材を開発し、作品に生かす活動をしているわけですが、あなたにとってコンテンポラリーデザインの定義とは何でしょうか?

ゲルマンズ

それは大きくて難しい質問ですね。デジタル化によってさまざまな物事が変わったように、技術の進歩や新しい素材の発見、製造方法の開発は、以前は不可能だったことを可能にしてくれます。それらをベースに、新たなデザインアプローチやものの見方、展示の仕方を模索すること。つまり、これまでにはなかった思考で、人々に未知の体験を提供することがコンテンポラリーデザインではないでしょうか。私は歴史や伝統、工芸に興味があるので、最近はそういったリサーチにも注力していて、例えば、Radical Indigenism(急進的な先住民主義)によるデザインを提唱するJulia Watsonのトークを聞いたり、本を読んだりしています。彼女は世界中を旅して、アマゾンや他地域の先住民のコミュニティが、昔からいかにテクノロジーを使わず自然と調和して生きているか、自然をコントロールするのではなく自然から学びを得ながら生きているか、を探っているわけですが、その考え方もまた非常にコンテンポラリーだと感じています。

Julia Watson, Lo—TEK, Design by Radical Indigenism
©︎TASCHEN

素材の扱われ方を再構築する

確かに先住民や伝統文化、昔から存在する手業などに学ぶことは非常に多く、実は、私たちもリサーチを続けているんです。素材のリサーチも行っているとのことでしたが、今はどんな素材に取り組んでいますか?

ゲルマンズ

最近は自然石を扱っていて、ポルトガルやオランダの石材加工会社を訪れています。石はもともと地球に存在する非常に美しい素材です。それ自体がすでに美しいので、デザイナーにできることはそんなに多くはないかもしれません。だから、デザインの押し付けではなく、石の良さを生かしながら、どのように美しさを高められるかが私の課題です。石はすでに壁やオブジェなどさまざまな場所で使われていますし、新しい扱い方を見出すことはとてもチャレンジングです。

私は、産業そのものから物事のやり方を学ぶことにも興味があります。私たちデザイナーは、知識はないかもしれないけれど好奇心は旺盛なので、工場が「難しい!不可能だ!」と言っていることをなんとか実現すべく働きかけますよね。あなた方も似たようなことを経験していると思いますがそれが刺激的なんです。ドイツにはまだ伝統的な工法を用いて、吹きガラスや教会のステンドグラスをつくる製造会社が残っているので、そういった場所を訪ねて伝統的で美しいガラスの新たな使い方や文脈の提示を試みています。ガラスを扱い始めたばかりの頃、ガラスは冷たくて、やっかいな素材でした。しかし私は、ガラスをもっと楽しむもの、快適なものにしたかったんです。そこで、色を使ってこれまでとは違ったアプローチを試み、ガラスの見え方を再定義しました。ただ、ガラスや色に捉われず、さまざまな素材にチャレンジしたいと思っています。スタジオには、樹脂や石、金属など本当に多くの素材が転がっていますよ。

安藤

we+でも、自然素材や特殊な新素材を扱います。テクノロジーも活用しますが、最終的なアウトプットでは物性・物理現象を際立たせ、テクノロジーが前面に出ないようにしています。あなたのアプローチも私たちに似てとても素朴な印象を受けますが、テクノロジーはどのくらい活用しますか?

ゲルマンズ

もちろんテクノロジーも使いますが、大切な部分は、いまだに何時間もかけて手仕事で行っています。ただ、作品が自然に生まれてきたように見えてほしくて、フォルムなどに作り手の手癖が現れるのは好きではないんです。例えば、金属製の照明を作った時はほぼ手作業だったのでとても時間がかかりましたが、その雰囲気をなるべく排除して、オブジェに一貫性を感じさせることをめざしました。カーペットを制作したときも、大胆かつ複雑な手仕事によって、正方形や丸といった原始的なかたちから、パターンが変化していく様子を描きましたが、私はそれをパターン、色、織地といったものは自己統治している組織のようなもので、色が自身の人生を生きるために基本的な形を変えていく、その様子を私が記述しているにすぎないと思っています。

A Slant of Light
Photo: DSL Studio

日本のデザインシーンに感じること

そういった自然に抗わないあり方、素材と対峙しミニマルにコンセプトを伝えるあなたのデザインアプローチは、非常に日本的だとも感じるのですが、日本のデザインシーンはどう思いますか?

ゲルマンズ

私は日本のデザインに魅了されてきました。一度だけ日本に行ったことがあるのですが、非常に触発されたことを覚えています。素材や工芸への深い理解があり、伝統的で美しいデザインは技術レベルも非常に高い。とても面白くて示唆に富むものが続々生まれていると感じます。侘び寂びの本も読んだことがあって、不完全なものの美や幽玄といった思考にも興味があり、日本のデザイナーのアプローチは魅力的に映ります。小さなもの、静かなもの…。例えば東京は電線が張り巡らされていて道が多く、ものに溢れてとても忙しい都市ですが、隅々まで目を凝らすと、道路の排水路などが、いかに注意深く細部まで作りこまれているかが分かります。私にとってはそれもまた美で、そういったもののあり方から学ぶことも多いです。

ただ日本は、イタリアやフランス、アメリカで文化が醸成されてきた、高価なコレクティブルピースに代表されるコンテンポラリーデザインの市場はまだまだ小さいですよね。私の住むオランダも、実はデザインの市場は小さく、デザインギャラリーもあまり存在しないのですが、みんな仕事を海外に求めることで活躍しています。実際、私の顧客も大半がアメリカにいます。日本は島国で言葉と文化が独特ですし、自国の経済が大きい分、日本の顧客のみでも仕事がまわっていくところが大きく違うのかもしれませんね。実際、we+のようにヨーロッパのギャラリーで展示をしたり、デザインの異なる側面に光を当てようとしたりする若いデザイナーはそんなに多くはないですよね?自身の考えを表明し、他のスタジオがやっていない取り組みで、差別化を図ることは日本では難しいことなのでしょうか?作品を発表したときのレスポンスはどうですか?

Germans Ermičs, Alchemist, Miami (2018)
Photo: Michael Stavaridis
安藤

we+に限って言えば、ヨーロッパなど海外で作品を発表した方がレスポンスが良い印象はあります。日本はデザインギャラリーも少ないので、例えば高価なリミテッドエディションの家具を買おうとする人も少ない。we+がRossana Orlandi Galleryや、Design Miamiで作品を発表するのはまさにそんな理由からです。

ゲルマンズ

日本は島国で、200年も鎖国!をしていたから、全然文化が違うのでしょうか。美しいアートとデザインの歴史・伝統を持つ国で、独自の精神性、小さな宇宙を持っていると私は感じているんですけどね。ただ、ちょっとだけ調べたんですが、日本は企業社会なので、大多数の人が大企業に入るために勉強しますよね。社会に強いヒエラルキーが存在すると言うか。だから、小さなスタジオや独立したアーティストが、居場所を見つけるのはとても難しそうだなとは感じます。オランダでは、使われなくなった大きなオフィススペースを引き継いで、安価に借りてスタジオや居住スペースにするといったケースがあります。政府の文化機関は気前が良くて、奨学金の制度があったり、プロジェクトや海外展示への出展を金銭面でサポートしたりしているので、世界で名前を売ろうとするデザイナーにとって非常に助けになります。また、雑誌などの媒体も、読者に興味深い内容を届け、マインド変化をもたらす意味ではとても重要です。日本人にも、ELLE DECORの木田さんのように、世界を飛び回り、Rossana Orlandiにデザイナーを紹介されるような方もいらっしゃるので、それはすばらしいことだと思っています。

自主制作とコミッションワークのバランス

その通りですね。さらに言うと、小さなスタジオを発展させていくには、R&Dのようなリサーチ活動と、お金を稼ぐことの両方が必要だと思うのですが、Germansは自主プロジェクトとコミッションワークのバランスはどのようにとっていますか?

ゲルマンズ

明らかにバランスは変わってきています。スタジオを始めた時は、得た利益はすべて投資してきました。最初はリターンが少なかったのですが、とにかく名前を売るために渡航費や作品制作費に自腹を切り、ミラノで作品を発表して…。自分から企業にアプローチをしたこともあったのですがうまくいかず、展示会等で自分がやりたいことを発表していたら、少しずつ認知度が上がり、コミッションワークを依頼されるようになりはじめました。ようやくスタジオとして本当のスタートラインに立てた気がしましたね。振り返ると、自分はバランスを考えたことはなかったかもしれません。バランスって難しくて、刺激的な仕事は予算が少ないことが多いですし、魅力的な企業やパートナーとのコラボレーションには、時間もエネルギーも費やしてしまいます。でも、スタジオを運営するためにはもちろんお金も必要で、自分の場合は作品販売や素材関連のプロジェクトが助けにはなっています。ただ、そのために多くの時間が費やされ、新しいプロジェクトに時間があまりとれなくなるのは困ったものです。輸送の手続きをしたり、製造管理のメールを打ったり。そういった雑務に多くの時間が費やされ、クリエイティブな時間が減ってしまうんです。

The Circle Of Fifths for Wallpaper Handmade (2019)
Photo: Leon Chew
安藤

私たちも同じような経験をしてきました。4〜5年前はもっと時間があって、ゆっくり作品のことを考える時間やマテリアルリサーチ・実験に取り組む時間があった気がするのですが、ここ数年はスタジオが少しずつ大きくなってきて、そういった時間を意識的につくる必要性を感じています。

確かにプロジェクト数が増えると、実験のための時間が圧迫されることもあります。

ゲルマンズ

そういう意味では、新型コロナのロックダウン期間は、私にとってとても良い時間でした。多くのことが止まって3ヶ月間ずっと家にいたのですが、スタートラインに戻ることができたというか。昨年はいくつかの大型プロジェクトを手がけたのですが、働きすぎでスローダウンする必要性を感じていたので、今年はリサーチに取り組んだり、初心に帰って何をしたいのかを考えたりする年にしたいです。

確かに思索やリサーチにはもってこいのタイミングなのかもしれませんね。最後になりますが、読者のみなさんにメッセージをお願いします。

ゲルマンズ

これから独立を目指す若いデザイナーへのアドバイスとなりますが、とにかく自分のユニークポイントを見つけてほしいと思います。情熱を傾けられる対象、型にはまらない独自のやり方を見つけて、多少のリスクを背負ってでもそれらに投資すべきです。作品の写真のクオリティを上げることも大切ですね。今はSNSでのコミュニケーションが活発ですから、それによって作品を世界に届けることができます。もちろん、世界を旅してさまざまな文化を肌で理解することも大切にしてほしい。私も生まれ故郷のラトビアからデンマーク、フランス、そして今はオランダに拠点を移したわけですが、それによって世界の見方が変わりました。日本からヨーロッパに来れば、さらに文化が違いますから別の視座が得られるかもしれませんね!

Joanna Kawecki

2020.6.29