Galerie Philia
今回のゲストは、今年のミラノデザインウィークにて、ミラノ郊外の教会を大胆に使った展示が大きな話題となったギャラリー・フィリアのイガエル・アタリ(Ygaël Attali)。2015年に兄弟でギャラリーを立ち上げ、今ではジュネーブ・ニューヨーク・シンガポール・メキシコシティと世界各地に拠点を構えている。同業者とは一線を画す、哲学・歴史学・考古学といった学問的なバックグラウンドを持ち、取り扱う作品のセレクトや展覧会にもその思想が色濃く反映される。we+とイガエルの出会いは2019年。ギャラリーでHeap Chairを取り扱ってもらえることになり、交流が続いている。
- ギャラリー・フィリア
アート、文学、哲学への生涯の情熱を共有する2人の兄弟によって2015年に設立されたコンテンポラリーデザインとモダンアートのギャラリー。彼らの学問的背景は、同業者とは一線を画し、新進から実力派まで、多彩なデザイナーやアーティストの作品を取り扱っている。そのセレクトは、根源的かつ異文化的なアプローチに従っている。ジュネーブ、ニューヨーク、シンガポール、メキシコシティに拠点を構え国際的に強い存在感を示しており、常設スペースのほか、世界各地の一等地でグループ展やアーティストレジデンスを開催している。
ギャラリーを通して、哲学的な問題やテーマを映し出す
はじめに、ギャラリー設立の背景やコンセプト、あなたの教育的なバックグラウンドを教えてもらえますか。
ギャラリー・フィリアを設立したのは2015年。私と兄で立ち上げました。私は哲学の博士号を取得していて、文学、哲学、政治哲学といったバックグラウンドを持っているのですが、フィリアという名前は、アリストテレスの「ニコマコス倫理学」という本の概念から来ています。これはギリシャの概念で、友情や愛という意味を持つのですが、芸術への愛とも言える点で私にとって非常に興味深い概念です。私はギャラリーの活動と哲学的な問題やテーマを結びつけて考えているんです。
とても興味深いです。お兄さんはどのような背景をお持ちなのですか。
兄は歴史学と考古学を専攻しています。
なるほど。だからこそ、ギャラリー・フィリアがセレクトする作品は、常に哲学や歴史と結びついているのですね。
そうですね。ただ、まずは作品の美しさに心が惹かれます。その上で、作られ方や背後にある思想について自問するんです。テーマが表面的でなく、反復的でもなく、真に熟考の結果であることは、私にとってとても重要です。ですから、ギャラリー・フィリアの展覧会にはテーマがあって、それは常に私の哲学と結びついています。例えば、今年の4月にミラノで行った展覧会は、SACRED(神聖なるもの)を探求する三部作の最終作で、DESACRALIZED(脱神聖化)をテーマにしたものでした。
他のデザインギャラリーがやっていないことを
ギャラリーを立ち上げたのがたったの8年前というのは本当に驚きました。年々、ギャラリー・フィリアの知名度は上がっていると思いますし、今年のミラノでの展示は、数多ある展示の中でもひときわすばらしいものでしたが、デザインギャラリーとしてどのような戦略をとっているのでしょうか。
そうですね、競合ギャラリーとの大きな違いは、すべての活動の背景に哲学的なテーマを持とうとしていることではないでしょうか。また、他のデザインギャラリーがやっていないことにも取り組んでいて、例えば「移牧(Transhumances)」のテーマのもと、南フランスやフィレンツェにデザイナーを招いて、その土地の素材で作品を作り展覧会を行うレジデンシーを企画しました。これはぜひ他の場所でも実施したいと思っています。さらに昨年は「デザイン・ブルート(Design Brut)」という子どもたちのためのデザイン企画を開催し、ドキュメンタリーを制作しました。6〜7歳くらいの子どもたちにデザイン画を描いてもらい、それをプロのデザイナーとカタチにするというものです。今年は子どもの対象年齢を少し上げて、パリで開催しました。もちろんビジネスとして作品の販売は行いますが、ビジネスだけではないのです。これらの企画を通して社会が抱える問題を考察し、デザインを通してアイデアを表現しようと試みているのです。
なるほど、デザインと同様に、アートもまた思想を反映するものだと思うのですが、あなたはアートよりも、ファンクショナル・デザイン、コンテンポラリー・デザインに力を入れていますね。それはなぜでしょうか。
アートとデザインの違いは何だと思いますか。
デザインピースと言うと、一般的には機能性をもったアイテムのことだと思います。しかし、彫刻的で文化的なデザインは、機能はありながらも彫刻的な美学や意義も持ち合わせている点で、彫刻とデザインの中間に位置します。私たちが扱っているものは、基本的に思想をもった機能的な作品です。はっきりとした美学をもち、彫刻的であり、デザインとアートの中間にあるのです。「なぜギャラリー・フィリアはデザインの世界にいるのか?」という最初の質問はとても興味深いですね。アートとデザインの間というのはとても興味深い。というのも、私たちが展覧会を企画するとき、常に建築的な文脈の中でデザインを実践しようとしているからです。例えば、今回のミラノデザインウィークは教会で、フィレンツェではパラッツォで、ニューヨークでは象徴的な建物でといった具合に、私たちは毎回、非常に特殊な建築物やその周辺環境を探します。文脈は空間美術をつくる上で忘れてはならないものであり、展覧会の一部なのです。私にとってデザインとは、エロス(真善美を追い求めていく衝動)であり、それはファインアート以上のものなのです。
イガエルが重視する3つのデザイントレンド
一方で、ギャラリーとしてデザイントレンドを理解することも大切なことだと思いますが、現在のトレンドは何だと思われますか。また、どのようにトレンドをキャッチアップしていますか。
いつの時代も、相反するトレンドや互いを補完し合うトレンドが複数存在しますよね。もし、私にとってもっとも重視すべきトレンドを3つ選ぶとしたら、1つは「有機的なデザイン」ですね。自然素材を取り入れ、単一性を表現し、不規則性を恐れず、壊れていないように見えるものでも、時にその美しさを破壊するもの。それはまた、日本の文化である侘び寂びに大きな影響を受けています。2つ目は「ミニマルデザイン」です。1960年代、あるいはそれ以前からすでに存在していましたが、コンテンポラリーデザインのシーンでは非常に重要なトレンドとなっています。そして3つ目は「デジタルデザイン」です。今、多くのデザイナーが、デジタルで表現される未来的なデザインに取り組んでいます。プログラミング言語を駆使して彼らが作り出す超現実的な作品は、現実と非現実の境目がとても曖昧で、私はその点がとても気に入っています。3Dでシュールな世界を作り上げ、そこに自分のデザインを実装している人たちにはとても興味があるし、革新的なトレンドだと思います。そしてこの流れには、メタユニバースをどう捉えるのか、現実と仮想現実の違いは何かといった、多くの疑問が付随します。もし私たちが仮想現実内で生きるならば、それはもはや現実です。
ギャラリーで取り扱う作品は、どのようなポイントを重視して選んでいるのでしょうか。
まず、美的感覚は大切にしています。美的な魅力に溢れ、興味が喚起されるか否か。そして物質性も重要です。新しいアーティストを探すときはいつも、独特なやり方で素材を扱うデザイナーやアーティストに注目しています。一つの素材を使いこなし、統一感や特殊性を表現できる人が好きですね。それには、素材の奥深さを余すところなく表現できるような職人技が必要でもあります。そして私にとってもっとも大切なのが、作品から伝わってくる思想です。例えばwe+のHeap chairを初めて見たとき、とても興味を惹かれました。素材とその使われ方、彫刻的なフォルム、そして降り積もる雪、つまり自然の中に見られる構造からインスピレーションを得たという思想もとても興味深かった。この椅子は「美的感覚」「物質性」「思想」という3つの基準を満たしていました。そんな基準を持って、新しいデザイナーやアーティストを発掘しています。
なるほど、ちなみにそれらの3つの基準で考えたとき、例えばアジア、ヨーロッパ、アメリカなど、デザイナーやアーティストの出自や住む場所による違いはありますか。
別の土地に行くと、その土地の文化的特殊性に興味を持ちますね。例えば、メキシコにブランチを作ったので、ラテンアメリカのデザイナーとメキシコやドミニカ共和国で展覧会を行いましたが、各地に伝統的な職人技が存在することにとても刺激を受けました。他の国に行っても同様です。彼らの文化的背景や歴史的な関係を知りたいのです。もちろん、デザイナーやアーティストを彼らの出自に縛りつけるつもりはなく、作品が伝統に関係していなくても、それはそれで構わないのですが、文化的背景とのつながりはとても示唆を与えてくれますね。
まだ世に知られていない才能を売り込みたい
新しい才能はどのように見つけていますか。
we+を見つけたのは確かミラノかインスタグラムで、それから東京に会いに行ったんですよね。才能の見つけ方は、展覧会やインスタグラム、友人を介してなどさまざまです。ギャラリーを始めた当初は、大学の卒業制作を終えたデザイナーをたくさん見つけていました。大学に行ったり、学生向けの小さなデザインフェアに行ったり。ギャラリーの特徴の一つでもありますが、まだ全然知られていないデザイナーを売り込んでいくことが好きなんです。フィリアが最初のギャラリーというデザイナーは多いですし、彼らが成長していくのを見るのが好きなんです。ギャラリーが彼らの方向を示すこともできるし、プロになるために手助けをすることもできます。
ギャラリーが有名になってきた今でも、そのスタンスは変わりませんか。
新しい才能はどのように見つけていますか。
変わりませんね。ただ、いずれにせよ先ほど挙げた3つの基準で作品は選んでいます。その作品は30年後にも変わらず良いものだと思うからです。ただ今は、現在一緒に仕事をしているデザイナーのプロモーションに集中したいので、新たなデザイナーとの仕事は制限しているんです。それでも本当に若くて面白い才能に出会えば是非一緒に仕事をしたいと思ってはいますよ。
多くの才能とインスピレーション源に溢れる日本
イガエルは日本にもよく来ていますよね。デザインギャラリーはいくつかあるものの、日本のコンテンポラリーデザインの市場はそれほど大きくないと感じているのではないでしょうか。それはなぜだと思いますか。また、日本のデザインをどう感じていますか。
これはビッグクエスチョンですね。東京に行ったとき、1950年代のミッドセンチュリーの家具やオランダデザインの家具を扱うショップはあるのに、コンテンポラリーデザインのギャラリーがあまりないことに驚きました。というのも、コンテンポラリーデザインの国際的なシーンを見ると、日本にインスパイアされている人がとても多いんですよ。例えばローラ・パスキーノ(Laura Pasquino)やジェローム・ペレイラ(Jérôme Pereira)をはじめとした多くの芸術家は日本の美学に影響を受けています。日本はその点で、もっとも刺激的な国の一つだと思います。たくさんのものや技術があって、西洋のコンテンポラリーデザイナーにインスピレーションを与えています。一方で、日本には本当に魅力的なデザイナーや才能ある陶芸家がいっぱい存在しているのに、世界的には有名ではありません。もちろん著名な陶芸家はヨーロッパやアメリカでも有名ですが、多くの陶芸家は、日本以外ではそれほど知られていません。ただ、私は日本のコンテンポラリーデザインはきっとこれから大きくなり、世界のシーンをリードする国になる可能性はあると思うんです。多くの才能とインスピレーション源、ある種の完璧主義と独特の美的感覚がそこにはありますから。私は日本文化や文学の大ファンですが、『陰翳礼讃』は私の芸術的創作に最もインスピレーションを与えてくれた本の一つです。鈴木大拙や芭蕉も好きですし、すばらしい映画もいっぱいあります。日本にはインスピレーションを与えてくれる詩人や作家がたくさんいて、とても豊潤な文化を持つ国ですから、デザインにおいても同じことが起こると思います。日本のデザイナーについて言えば、私たちは大蔵山スタジオと仕事をしていますが、あの独特の伊達冠石とその扱い方が本当に好きです。彼らやwe+は、日本で面白いものを作っています。Heap Chairも素敵ですが、最新コレクションのRefoamもいいですよね。廃棄物を素材として、環境にやさしいことはもちろん、デザインピースとしても優れており私は高く評価しています。環境にやさしい素材を使った作品の多くは、美的に刺激的でないことが多いのですが、Refoamは違いますね。
長く使うこと、デジタルと共生すること
日本のコンテンポラリーデザインのマーケットはまだまだ小さいので、私たちがもっとがんばらないといけませんね。市場が大きくなったら、ギャラリー・フィリアの日本ブランチがきっと必要になりますね!ところで、これからのコンテンポラリーデザインはどのように変化していくと思いますか。
今、多くのデザイナーが、サイクルのために計画的に製品を陳腐化させることや、交換や廃棄を前提としたもの作りに反対しています。それは、長期的に残るすばらしいものを作るということです。そしてもう一つはデジタル化です。AIと技術革命によって、人々はますますデジタルでデザインするようになり、デジタルとフィジカルの世界が交じり合い、両者に交流が生まれるのではないでしょうか。究極的にはどちらの世界にいるのか分からなくこともあるでしょうし、それはデザイン業界にとって主要な問題になるでしょう。デジタル作品だけに特化することを望むデザイナーもいるでしょうし、有機的なデザインは、どのようにデジタル上で作ることができるのか、これまでとは違った動きが必要になるかもしれません。近い将来、こういった問題がとても面白くなると思います。
日本でも計画中の展覧会
なるほど。ところで、今年のミラノデザインウィークの展示の反応はいかがでしたか。
私は会期前半で並ばずに入れましたが、後半はとても長い行列ができていましたね。
すごかったですね。20,000人が訪れ、週末には1時間半待ちの行列だったそうです。ミラノ郊外の教会でしたが、市街から離れることで、より特別な没入体験を作り出すことができたと思いますし、多くの方が訪れ好意的なコメントも多くいただきました。高評価を得られてよかったです。
昨年の展示も良かったですが、今年はもっとすばらしかったですね。来年はどうなるのですか。
「神聖」をコンセプトした3部作が終わったので、来年はまったく違うことをしたいですね。この3年間で展示した作品は、とても有機的でしたが、色彩の面でとても地味でした。その点でもまったく違ったものにしたいです。でも、みなさんにサプライズをお届けしたいので、これ以上はまだ内緒です。
楽しみです。では最後に、読者のみなさんへメッセージをお願いします。
日本の文化・芸術は本当にすばらしいですから、日本のコンテンポラリーデザインのシーンもますます大きくなっていくことを願っています。実は、コロナ禍で止まっていましたが、何年も前から日本での展覧会開催を考えていて、是非実現したいです。ギャラリー・フィリアの活動は、ウェブサイトやインスタグラムで是非チェックしてくださいね。