CARWAN GALLERY
今回のゲストは、中東初のデザインギャラリーで、現在はギリシャのアテネを拠点とするカーワン・ギャラリーのニコラ・ベラヴァンス=ルコント(Nicolas Bellavance-Lecompte)。ミラノ在住の建築家であり、数々の展覧会やプライベートギャラリーのキュレーションを手掛けるインディペンデント・キュレーターであり、さらには、2016年にアートとデザインの巡回ショーケース「NOMAD」を立ち上げるなど、多彩な顔を持つニコラ。現在はアフリカのルワンダやナイジェリアでも新たなプロジェクトが進行中らしく、ギャラリストという枠を超え、コンテンポラリーデザインのシーンを牽引している。
- カーワン・ギャラリー
近東を中心とする最先端のコレクティブル・デザインの普及と制作に力を入れる国際的なコンテンポラリーデザインギャラリー。建築家でありクリエイティブな企業家でもあるニコラ・ベラヴァンス=ルコントとクエンティン・モイスのもと、その地域でもっとも魅力的な現代物質文化への注意を惹きつける、卓越した異文化コラボレーションを展開。建築家、アーティスト、デザイナーとのコラボレーションなど、包括的なデザインアプローチを採用し、アイデアやコンセプト、ノウハウの豊かで活発な交流を促している。レバノンのベイルートで10年近く活動し、50以上の国際展に参加した後、ギャラリーは2020年9月にギリシャのアテネのピレウス港周辺に移転した。
中東デザインシーンのインキュベーターに
はじめまして。東京を拠点に活動しているデザインスタジオwe+です。今年のミラノデザインウィークでは使用済みの発泡スチロールを使ったRefoamという家具のシリーズなどを展示していました。
その作品、見ましたよ!とても興味深く、もっとも好きなプレゼンテーションの一つでした。
ありがとうございます。ではさっそく最初の質問をさせてください。カーワン・ギャラリー設立の背景やコンセプトを教えていただけますか。あなたの出自や教育、経験がギャラリー設立に与えた影響はありますか。
生まれはカナダのモントリオールです。建築と視覚芸術の世界に魅了され、モントリオールとヴェネツィアで建築を学び、ベルリンで、建築・都市計画デザイン・視覚芸術などを組み合わせたInterdisciplinary Creationの修士号を取得しました。その後、ミラノに移ることを決め、かれこれ14年以上住んでいます。私は、建築とアート・デザインを、地理的な文脈と組み合わせることに興味があって、それがすべての活動の基盤となっています。2011年にレバノンのベイルートでギャラリーを創設し、8年間はベイルートで活動をしていました。
どうしてベイルートだったのですか。
いい質問ですね。私は文化の衝突や新しい文化の発見、全く違う考え方の中に身を置くことが好きなんです。レバノンを最初に訪れたのは2009年ごろでしたが、戦争に巻き込まれていないし、経済が発展しつつあり、創造性にあふれたとても面白い国だと思いました。しかし、首都であるベイルートにはデザインギャラリーがなかったので、そこで数年間ギャラリーをオープンしよう、文化の特異性とデザインやクラフトマンシップが互いに影響しあうようなプラットフォームを作ろうと思ったんです。私は主にギャラリーのアートディレクターとして、プログラムを組み立てる役割を担っています。ギャラリーを設立した年は、海外からデザイナーを連れてきて、レバノンの文化を彼らの視点で解釈してもらい、地元の職人と作品を作ってもらいました。そうした動きは地元のデザイナーを鼓舞し、ギャラリーは地元のデザイナーを売り出すプラットフォームになっていきました。そうして3〜4年活動しているうちに、ベイルートは中東デザインの首都のような存在となり、海外に出ていた20人以上の若手デザイナーが戻ってきて、スタジオを開き始めたんです。私たちが、アイデアのインキュベーターとして、地元の人々が互いに影響を与え合う環境を作り、中東のデザインシーンの活性化に寄与したことは誇りに思いますし、とてもエキサイティングな経験でした。ベイルートのパトロンやコレクターは、はじめはデザインの蒐集について理解できていませんでしたが、数年後には、デザインピースを蒐集することや、若手デザイナーの庇護者となり特別な作品を依頼することの付加価値を理解するようになりました。そうして、他のギャラリーにとっても、レバノンのコレクターの存在は非常に大きく、重要になっていったのです。そうして新たなデザインシーンが生まれていくのは本当に興味深いことです。
新たな体験と相互作用を生み出すプラットフォーム
あなたはアートとデザインのショーケースである「NOMAD」のオーガナイザーでもありますよね。
はい、「NOMAD」を立ち上げたのは2016年のことです。ビジネスパートナーのジョルジョ・パチェと、ある年のミラノデザインウィーク期間中、ミラノの私の自宅でランチをしたんです。その時、今世界には風光明媚な場所でゆっくりと人と出会い、文字通り、建築的なコンテキストとアートやデザインピースが対話をするような、パーソナルなトレードショーが存在しないことを話し合ったのですが、それがきっかけとなり「NOMAD」は生まれました。初年度は、モナコで最も古いヴィラであるラ・ヴィジで、友人や世界中のアート&デザインギャラリーを誘ってスタートし、サンモリッツやヴェネツィアでも開催してきました。「NOMAD」は文化の交流やインタラクションを生み出し、私のもう一つの非常に重要な活動となりました。多くのギャラリーやデザイナーが、非常にパーソナルな方法でお互いのアイデアを学びあう、そんなプラットフォームです。インディペンデント・キュレーターとしても活動していて、アフリカのルワンダで、地元のデザイナーや、建築家、アーティストを紹介する新たなプラットフォームを作ろうとしています。さらにチュニジアでも、世界中のデザイナーをチュニジアに呼び、現地の職人とともにつくった作品を展示する大きな展覧会を来年の4月に開催する予定です。
まさに、新しい体験や文化の相互作用をもたらすことがギャラリーのコンセプトだと思いますが、他のデザインギャラリーとの違いをどのように捉えていますか。
カーワン・ギャラリーは、展示作品のほとんどがコミッションという意味で、非常にユニークなギャラリーです。展示プログラムはいつも実験的であり、次代を見据えた独自の視点を持っていると思います。ベイルートやアテネを拠点としてきたことも関係しているかもしれませんが、文化の特異性を大切にする批評的なアプローチは、営利目的のギャラリーとは正反対のアプローチです。カーワン・ギャラリーはNPOではありませんが、リサーチを丁寧に行うことや、プロジェクトに典拠があることを大切にしていますし、すでに世の中に存在していることを、繰り返し行うことはありません。
カーワン・ギャラリーのクライアントはどのような方々なのですか。
とても多様です。ベイルートにギャラリーを構えていたころから付き合いのある中東のクライアントとは、今でも付き合いがつづいていますし、最近ではギリシャのクライアントも増えました。若いコレクターやクライアントです。ギリシャ危機の後、彼らはギリシャに戻ってきたのですが、カーワンがギリシャで最初のデザインギャラリーとしてオープンすることを喜んで受け入れてくれました。他にはヨーロッパの建築家とも多く仕事をしていますし、ニューヨークやマイアミのフェアに出展したことがきっかけとなり、アメリカの建築家やインテリアデザイナーとも強固な関係を築いています。
グローバルなトレンドに流されないものを発見する
現在のデザインのトレンドは何だと思いますか。トレンドについて、どのような考えをお持ちですか。
実は先週、デザイントレンドについて、ニルファー・ギャラリーのニーナ・ヤーシャと話したんです。私たちが普段、展覧会等で発表しているものは、時代を先取りしすぎているのではないかと。私たちは、マテリアルの実験や造形のリサーチをしている新しい才能を発掘するのが好きだし、一番乗りで彼らの作品を紹介したいのですが、市場はまだ、それらを受け入れる準備ができていません。展覧会がすばらしくても、人々の理解が追いつかず、3〜4年経ってようやく作品が買われ、商業的なプロジェクトが動き出します。
実は先週、デザイントレンドについて、ニルファー・ギャラリーのニーナ・ヤーシャと話したんです。私たちが普段、展覧会等で発表しているものは、時代を先取りしすぎているのではないかと。私たちは、マテリアルの実験や造形のリサーチをしている新しい才能を発掘するのが好きだし、一番乗りで彼らの作品を紹介したいのですが、市場はまだ、それらを受け入れる準備ができていません。展覧会がすばらしくても、人々の理解が追いつかず、3〜4年経ってようやく作品が買われ、商業的なプロジェクトが動き出します。
また、個人的にはトレンドについて語ることは好きではありません。今年はテラコッタの年だったね、ガラスだったねといった会話をしたくはありませんから。デザイナーやアーティストが実践していることを知り、その向かう先を理解することの方が、私にとっては大切です。しかしながら、今はSNSによってすべての消費が加速してますし、多くのデザイナーが写真をアップしつづけ、お互いに影響を与え合い、作品が一様化してしまっています。個人的に、それは大きな問題だと思います。私は、流行に流されないものを見つけることが自分の仕事だと信じていますし、リサーチなどのオリジナルな経験に注力したいと思っています
だからアフリカでプログラムを立ち上げたのですね。
ルワンダでのリサーチはとても面白いですよ。地元の若いデザイナーやアーティストが作品を作るのですが、彼らはまだグローバルなトレンドに汚染されていないので、そうした孤立した現実から、純粋なクリエイティビティが生まれていくことは本当に興味深いです。
旅が新たなコンセプトを生み出す
今の答えにもつながると思いますが、ギャラリーでは、どのようなポイントに注力して作品のセレクトをしていますか。
リサーチと実践が調和していて、明確なコンセプトを持つ作品ですね。作品に進化や発展を感じられるか、デザインを次のステップに推し進めるような作品を扱いたいですね。デザイナーがプロジェクトの提案をしてきたときは、より骨太なものにするため、時にドローイングや制作工程にまで遡ってもらうこともあります。作品を新たなフェーズにもっていくためのチャレンジは惜しみません。ギャラリーのプログラムがユニークであるために、興味深いリサーチと多様性、グローバルな視点を持つべきです。私は他のギャラリーともアイデアを共有し、彼らにアドバイスをすることもあります。彼らと競合するのではなく、いつでも心を開いた会話ができ、お互いに影響を与え合える関係が大切だと思っています。
新しい才能はどのように探し出していますか。
特別な動きはしていません。私は旅人でありノマドなので、動きまわることで新しいコンセプトを発見します。今年の夏はいつもとは違った夏休みにしようと、小型飛行機でイベリア半島やモロッコ、北アメリカを旅しました。田舎の小さな町や小型飛行機でないと行けないような場所を巡り、各地で地元のギャラリーやアーティスト、デザイナー、職人に会ったのですが、毎日街を移動して会う人々も変わると、アイデアがたくさん湧いてきて、未来のインスピレーションが得られます。旅が新しいアイデアを生み出してくれるんです。
日本には来られたことがありますか。
東京と京都に行ったことがあります。京都では、ヴェネティアと京都を拠点に活動するガラスのアーティスト、三嶋りつ恵さんのアトリエにお邪魔する機会があり、とても刺激的でした。
日本に必要なのは、世界に開かれたキュレーション・プロジェクト
日本のデザインシーンやデザイナーに、どのような印象をもたれていますか。
今、日本のデザイン市場は閉じていて、そこで何が起きているのかを知ったり、新たな才能を見つけたりすることが難しい印象があります。ですから、グローバルな場所で日本の才能を見ることに非常に興味があるのですが、そういう意味では、今年のミラノデザインウィークのDROPCITYでの展示は、この10年間で初めて日本人デザイナーが一堂に介し、彼らが何に取り組んでいるのかを知れたとても面白い展示でした。比較は好きではありませんが、例えば韓国は、デザインも他の産業も、グローバルスケールで売り込むことが上手いですよね。ギャラリーに所属する韓国人デザイナーがいたり、イノベーティブなプラットフォームや展示があったり、韓国のモデルケースから学ぶことは多いと思います。日本には、日本のデザインを売り込むための、世界基準でキュレーションされたプロジェクトやプラットフォームが必要なのではないでしょうか。
日本人デザイナーはよりオープンなマインドを持つ必要がありそうです。
アフリカのプロジェクトでは、デザイン市場の発展のため、NGOや政府にサポートをしてもらうことにも興味があります。プレスやバイヤー、ミュージアムの担当者を連れてきて、彼らに新しい考え方を提示するのです。建築家、デザイナー、アーティストなど、クリエイティブ産業の人々を巻き込んでプロジェクトや展覧会を実施し、国際的に認知してもらうのです。アジア市場は発展していく可能性があると思いますし、目を見開いていかねばなりません。
それでは未来についても伺ってみたいと思います。コンテンポラリーデザインは今後どのように変化していくと思いますか。
コンテンポラリーデザインを「コレクターが蒐集するデザイン」と考えた場合、そこにはとても大きな可能性があると思っています。というのも、コンテンポラリーアートの市場は飽和していて、価格がクレイジーなほどに跳ね上がっているからです。多くのアートコレクターが、まだまだ目新しく、実用的なコンテンポラリーデザインに興味を持つのではないかと思います。アート市場には、ウェイティングリストや転売が存在しますが、コンテンポラリーデザインにセカンダリーマーケットはまだありませんし、デザイナーやギャラリーの競合もまだまだ少ない。「NOMAD」やデザインギャラリーはこれからどんどん成功していくと思います。
ヨーロッパでは多くの若いコレクターがいるとのことですが、アジアやアフリカにもコレクターはいるのでしょうか。
これはすべて教育のお話です。アフリカには新しい市場があり、コレクターがいます。サブサハラのケニアやルワンダをはじめ、アフリカ東部の経済は盛り上がっています。西部のガーナやナイジェリアもそうですね。経済的に成功した若いビジネスマンが多くいて、彼らは地元のクリエイティブ産業をサポートしたいと思っていますし、彼らのアイデンティティに強く誇りを持っています。そういった地域でコレクター市場を発展させることは簡単です。アジアに関して言えば、香港、ソウル、シンガポール、特に私の経験で言えば香港とソウルにコレクターが多いですね。最近ではタイのバンコクもダイナミックで元気です。シンガポールは少しおとなしいかもしれません。日本のコレクターもすばらしいのですが、古風であり、特殊かもしれません。コンテンポラリーデザインに関して言えばあまり日本のコレクターはいませんが、変わっていくことを望んでいます。
なるほど。日本のコンテンポラリーデザインの市場は小さいので、私たちもがんばらないといけません。
日本には伝統的な工芸技術が数多くあるので、そういったものを大切にしながら、私たち独自の視点を持って、作品を作っていく必要があるかなとも思います。
そうですね。コンテクストと、独自の実践の中での進化、その両方が作品にとっては大切で、ギャラリストやキュレーターはそれらをサポートする役割があると思っています。
そうですね。本日ありがとうございました。最後に読者のみなさんへメッセージをお願いします。
そうですね。本日ありがとうございました。最後に読者のみなさんへメッセージをお願いします。
新しい経験に、常に心を開いてほしいですね。オープンなマインドで創造性を探求することが、誰にとっても大切なことだと思っています。今日はありがとうございました。